『エトセトラVOL.10』男性学選書フェア

こんにちは、周司あきらです。

2023年11月に発売した『エトセトラVOL.10』にあわせて、エトセトラブックス(東京都)の店内で選書フェアを開催していました。

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そのとき選んだ25冊と、選書コメントを公開します。希少な本も取り扱っていただいた、エトセトラの皆さんに感謝します。

 

「あらためて男性を考えるために~キーワードから選ぶ古書・新刊書~」

  1. 『はじめて語るメンズリブ批評』

蔦森樹編(東京書籍)

 メンズリブの活動が日本で認知されておよそ10年(本書刊行は1999年)。メンズリブが女性問題に無関心なメンズクラブになっているのではないかという編者の問題意識に始まり、「わたし」という視点から何かを言いたい、と思った10人によるメンズリブ批評。メンズリブがCR(意識高揚)を行う癒しの場として機能する一方、その先に「男/男らしさの解体」を望む声も当時から上がっていた。

キーワード:メンズリブ、解体

 

  1. 『男がみえてくる自分探しの100冊』

中村彰、中村正編(かもがわ出版

 1997年時点で100冊にのぼる著書を紹介したアイディア・ブック。男たちは「男らしく」なるための自己改造を繰り返してきた結果、自分自身を見失ってしまった。たしかに男らしさを習得することは公的領域での地位を保証しやすいため、社会的存在としての男性は特権持ちでプラス地点にいるように見える。とはいえ、それは個々の男性にとって「利がある」というよりも、「男らしさというサビがこびりついてしまっている」状態なのかもしれない。ゼロ地点の「ありのままの自分」に回帰するための思索が求められる。

キーワード:男らしさ、男性論

 

  1. 男性学入門』

伊藤公雄(作品社)

 「1990年代は、“男性問題”の時代がはじまるだろう」。伊藤の予言通り、大学の男性学の授業には学生からの高い関心が寄せられ、マスメディアは数々の男性問題――過労死、自殺率の急上昇、定年離婚、冬彦さん現象(マザコン男性)、濡れ落ち葉(妻についてくる定年後の夫)など――を取り上げた。古い男らしさの鎧を脱ぎ捨てるための、男性学初の入門書。

キーワード:男性学、男性問題、主夫

 

  1. マスキュリニティーズ 男性性の社会科学
    レイウィン・コンネル、伊藤公雄訳(新曜社

 男性学の基本的視座を確立した古典的文献。男性性は、時代や文化によって多様なだけでなく、ひとりの人間の内ですら矛盾した様相を見せる複雑な概念であり、だからこそタイトル“Masculinities”は複数形だ。男性性の間の諸関係を述べた節は有名だが、それがより具体的にみえる第4章以降のオーストラリア男性の調査報告も意義深い。

キーワード:複数の男性性、覇権的男性性

 

  1. 『男性は何をどう悩むのか 男性専用相談窓口から見る心理と支援』
    濵田智崇・『男』悩みのホットライン(ミネルヴァ書房

 メンズリブの活動の中から生まれた、男性対象の電話相談の記録。男性の悩みといっても、仕事のことは案外少なく、性に関する悩みが多数寄せられるという。男同士でケアできるようになること、内的な変化を起こすことに、男ならではの展開も見出せるだろうか。

キーワード:メンズリブ、心理、ライフサイクル

 

  1. 男性危機(メンズ・クライシス)? 国際社会の男性政策に学ぶ

伊藤公雄、多賀太、大束貢生、大山治彦(晃洋書房

 経済不況やフェミニズムの主流化など外部の動きに対して男性が敏感になるのは、なにより「男であること」や「男らしさ」の繊細さが露わにされるからだろう。男性主導社会が根本的に揺らぎつつある今、日本の男性運動の歴史や海外の先進事例を参考にして具体的政策を考える。

キーワード:剥奪感の男性化、政策、メンズリブ

 

  1. 『わたしは女 特集:男らしさ そのつくられた神話(1977年12月)』

JICC出版局

 特集に寄せられた各テーマは、男がつくられた存在であることを暴く。学校教育の場では家庭科すら受けてこなかった男の子たち、父権的ではない母系制集団、偏見を押しのけていくゲイの人権闘争、女たちが惚れる男像を憶測して目指す男、仕事と結婚する男、台所に口を出す男……。現代のイメージと異なる「男らしさの神話」もあれば、呆れるほど信奉され続けているものもある。

キーワード:男らしさ、女らしさ、家政学異性愛

 

  1. 強制された健康 日本ファシズム下の生命と身体

藤野豊(吉川弘文館

 ファシズムは人間を資源として戦争に動員するため、極端な優生学的人口政策を実行した。国民の体力強化のため、1938年に厚生省設置。「人的資源」にはなり得ないと判断された精神障害者知的障害者ハンセン病者は「非国民」扱いされた。厚生運動が強制する「健全な娯楽」の対極に置かれた娼婦は管理されつつ、排除もされた。国が認める身体のため厳しい体制が敷かれたファシズム期(本書では日本の1937年〜1945年を指す)の影響は、男性のもつ身体が「健常者」前提で「強い」ものとばかり想定される現在においても発揮されているのではないか。

キーワード:ファシズム、健康、身体

 

  1. 『草の根のファシズム 日本民衆の戦争体験』

吉見義明(※文庫は岩波書店

www.iwanami.co.jp

 独裁的なイタリア・ファシズムやドイツ・ナチズムとは形態が異なる日本独自の新体制のつもりで民衆が支えていた、天皇ファシズム。それは日中戦争、アジア太平洋戦争を引き起こし、日本を崩壊させた。戦後も日本民衆の多くは「帝国」意識を持続させ、戦争責任を感じることはなかった。単なる被害者でありはしない民衆の声を拾い集めた1冊。

キーワード:ファシズム天皇制、帝国主義

 

  1. 「慰安婦」問題ってなんだろう?

梁澄子(平凡社

 女性差別であり民族差別である戦時性暴力。軍慰安所が組織的に作られていたにもかかわらず日本軍の責任は不問にされ、義務教育では事実が抹消されてきた性奴隷制度、いわゆる「慰安婦」問題。都合の悪い#MeTooを聞かなかったことにする旧態依然の社会を打破するためにも、「慰安婦」問題は忘却されてはならない。だが、戦争で傷つけられてきた個々の女性たちの存在をすっ飛ばしてしまうとしたら、現状は何も変わらないだろう。まずはこの1冊からでも。

キーワード:戦争責任、性暴力、#MeToo

  1. 『サラリーマン ワイマル共和国の黄昏』

ジークフリート・クラカウアー(法政大学出版局

 原著は1930年刊行。ベルリンの生活を形作っていた、「ハイカラーのプロレタリア」であるサラリーマンの実態に迫る。サラリーマンの存在は誰の目にも明らかだからこそ話題にのぼらない、会社の指導的地位は企業外部の者によって占められる、中高年層は一旦解雇されたら雇われない、一面的な作業ばかりで視野が狭められる、など今日でも変わらぬ指摘の数々。

キーワード:サラリーマン、合理化、家父長制

 

  1. 男性史3 「男らしさ」の現代史

阿部恒久、大日方純夫、天野正子編(日本経済評論社

 これまでの歴史(history)を、男性の歴史(his-story)として編み直す『男性史』全3巻は、どこから読んでも興味深い。第3巻は、敗戦から現在まで。祖国再建のための経済戦争に乗り出し、天皇(国家)から企業に帰属・献身の対象を替えた男たちを追う。麦倉哲「男らしさとホームレス」も収録。

キーワード:男らしさ、サラリーマン、ホームレス

 

  1. 『ハゲを生きる 外見と男らしさの社会学

須永史生(勁草書房

 身体のままならなさを示す現象に、男性の「ハゲ」がある。ハゲだと自認する男性は、男らしさの鎧を身にまといたいわけではなくとも、いかに堂々としているか〈人格のテスト〉に直面させられる。江原由美子の「からかいの政治学」を援用し、伊藤公雄の「鎧」論を批判する本書は、男性学の幅を広げてくれるだろう。

キーワード:ハゲ、鎧、男らしさ

 

  1. 日本の童貞

澁谷知美(※文庫は河出書房新社

 「童貞」とは何だろうか。定義からして曖昧だが、学問の世界で「男の性は放っておかれたまま無傷」というわけにもいくまい。かつて童貞は、新妻にささげる贈り物として守られるべき美徳とされた時代もあったが、男子の貞操が「キモい」ものに移り変わり、恥とされたのはいつからだろう。本書は、童貞をめぐる戦前・戦後の雑誌記事の分析をとおして、童貞に興味をもつ社会を浮き彫りにする。仮性包茎の話と合わせて読みたい。

キーワード:恥、身体、メディア

 

  1. 介護する息子たち 男性性の死角とケアのジェンダー分析

平山亮(勁草書房

 男性の生きづらさが話題になるとき、夫像・父親像に焦点が当たりがちだった。だが、ほとんどの男性は息子である経験をする。息子としての男性が語られないとしたら、そのことを避けているからではないだろうか。本書は老親介護という、息子としてしか存在しえない場での男性の経験をジェンダーの視点から分析する。自立し自律した個人として語られる男性が、実際のところ私的領域では受動的で依存している存在だと、多くの人は気づいてきたはずだ。

キーワード:ケア、息子、お膳立て、男の下駄

 

  1. トランスジェンダーの私がボクサーになるまで

トーマス・ページ・マクビー、小林玲子訳(毎日新聞出版

 「男の初心者」であるトランス男性が、男社会で「男らしく」行動することを探る。男は弱く、切なく、孤独だ。だが何より男らしいとされるボクシングの世界に入ると、表向きの暴力の陰で、多くの男に欠けている「やさしさ、スキンシップ、弱さを見せること」などがもたらされるのだと著者は発見する。男が人とつながる媒介手段として暴力がある事実は心苦しくもあるが、それだけではない関係の結び方も本書は提示する。

キーワード:トランスジェンダーの男性、暴力、孤独

 

  1. さよなら、男社会

雄大亜紀書房

 女性の境遇を知るにはフェミニズムの本を読めばいいのに、なぜわざわざ男性を介して理解するのか?と冒頭に懐疑的にもなるが、自力でじりじり探求していく著者の筆はこびにどこか心地よさを覚える一冊だ。男性の一生は、学校教育で正当化される暴力、戦争体験のある父からの影響、企業への動員など、「戦い」のアナロジーの連続であった。

キーワード:男性性、権力関係、戦争体験のトラウマ

 

  1. 男子という闇――少年をいかに性暴力から守るか
    エマ・ブラウン、山岡希美訳(明石書店

 白人女性で母親である著者は、息子の成長を助けるために自分自身がどう変われば良いのか考え出した。やがて判明したのは、少年たちがいかに多くの身体的・性的暴力に遭い、あるべき姿に対する制約を受け、羞恥心や恐怖心に直面しているかという、公衆衛生上の危機だった。男の子同士で親しい友人関係を失う年齢層は、ちょうど彼らの自殺率が急上昇する年齢層と重なる。「有害な男らしさ」という言葉は、少年たちが直面するプレッシャーを言い合てているが、議論の余地をなくすものでもあるため一旦その言葉を捨て、少年たちの現実を捉えていく。

キーワード:性被害、少年、プレッシャー

 

  1. イクメンじゃない「父親の子育て」 現代日本における父親の男らしさと〈ケアとしての子育て〉

巽真理子(晃洋書房

 男らしい子育てをするだけでは、性別役割分業を変えることはできない。本書では父親の子育てをメディアや父親へのインタビュー調査より分析し、イクメンとは異なる父親の子育てへの新しいまなざしを示す。男性研究をする女性の著者は、女性からは「男に甘すぎる」と言われ、男性からは「男に厳しすぎる」と言われるそう。全然厳しくはないと思う。

キーワード:父親、イクメン、育児、性別役割分業

 

  1. 『プリテンド・ファーザー』

白岩玄集英社

www.shueisha.co.jp

 「俺たち、一緒に住まないか?」一人で子育てをする、正反対の男二人が同居することに。「自分が世の中のスタンダードだって思ってる」タイプのサラリーマン・恭平がゆっくり自分を変えていく姿と、ケアに従事し「相手に気を遣いすぎている」シッター・章吾の鬱屈とした胸の奥が交互に描かれるこの小説は、和やかだがスリリングな家族の有り様を提示する。良い父親のフリをしても、現実はそうキレイにいかない。

キーワード:シングルファーザー、育児、サラリーマン

 

  1. パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集

エーリッヒ・ショイルマン、岡崎照男訳(SBクリエイティブ

 時代や地域によって称揚される「男らしさ」は異なるが、先進国とされる地域の男たちに「開拓」や「進歩」が期待されたことは想像に難くないはず。だが、はじめてパパラギ(=白人)たちの「文明社会」に触れた驚きを、南海サモアの酋長ツイアビの視点からみたらどうだろう?本書はドイツの作家によるフィクションとされるが、「文明社会」の豊かさに染まりきって自分自身を放棄してしまった人間にとって、真実味をもって受け取られるメッセージに満ちている。

キーワード:文明、仕事、自然

 

  1. 増補 女性解放という思想

江原由美子筑摩書房

 「女性解放」はなぜ難しいのか。女性が男性と同じ地位や成功を望んでいるのだという思い込みは、まさに巧妙にしくまれた「差別」から生まれている。現実の不平等性が指摘されるだけでは、決して差別は論じられないのだ。本書には、性差別に満ちた社会を男性が考える際のヒントも散りばめられている。ウーマンリブ運動への揶揄を論じた「からかいの政治学」収録。

キーワード:フェミニズム、性差別の次元、からかい

 

  1. ホワイトフェミニズムを解体する インターセクショナル・フェミニズムによる対抗史

カイラ・シュラー、川副智子訳、飯野由里子監訳(明石書店

 フェミニズムは一枚岩ではなく、たくさんの間違いも犯してきた。中流以上の白人女性を主たる対象としたホワイト・フェミニズムの陰で、有色人種や先住民やトランスジェンダーなどは「フェミニズム」の名の下に抑圧された。だが同時に、そうしたマイノリティ女性たちは既存の差別構造を打ち壊すインターセクショナル・フェミニズムを模索してもきた。邦訳タイトル通り、ホワイト・フェミニズムは解体されなければならない。だが、そんなフェミニズムを生み出した背景にいるホワイトな(特権性のある)男性たちは、本書を読んでどうすべきか?

キーワード:フェミニズム、インターセクショナリティ、優生思想

 

  1. 勇気ある女性たち 性暴力サバイバーの回復する力

デニ・ムクウェゲ、中村みずき訳、米川正子監修(大月書店)

 コンゴ民主共和国で組織的レイプに遭った女性たちを治療するムクウェゲ医師。「世界のレイプの中心地」と報道されるコンゴだが、コンゴ人男性がとりわけ危険であるわけではない。性暴力は世界的に起きており、家事の分担、相続の伝統や葬儀などあらゆる場面で、男性が「自分の方が優れており、自分の命のほうが大事なのだ」と思い込まされる環境が変わらない限り、女性に対する不正義は持続するに違いない。そしてまた、コンゴ人女性がレイプされる背景には、我々がもつスマホやパソコンの部品となる、鉱物の支配権争いがある。

キーワード:性暴力、レジリエンス(回復力)、グローバルサウス

 

  1. 『Letters For My Brothers: Transitional Wisdom in Retrospect』

Megan M. Rohrer, Zander Keig編(Lulu.com)

www.goodreads.com

 7年以上前に性別移行をした19人のトランス男性が、「男」として生活する前に知っておきたかった知恵を分かち合う手紙のコレクション。移行後の経験やそこから見える景色が語られることはこれまで少なかった上、男性とは何かの洞察力に富む。男性嫌悪を内面化しつつ自身も男性化していくしかなかったエピソードに、シンパシーを抱く人は少なくないのでは?「トランスあるある」エピソードには、笑いどころもあり。

キーワード:トランスジェンダーの男性、男性性、ロールモデルの欠如

 

 

以上、25冊でした。

選書し終わってから出会った本で、これも入れておけばよかった〜〜!という本が数冊あったのですが、それはいずれ紹介できたらいいな。