【新聞報道比較】10月25日最高裁による不妊化要件違憲判決

(初出:2023年10月26日)
https://ichbleibemitdir.wixsite.com/trans/post/newspapers_gid1025

 

2023年10月25日、最高裁大法廷が「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)の第3条4号の、不妊化(生殖不能)要件へ違憲判決を出しました。裁判官15名全員一致の判断でした。これまでの裁判に関わってきた皆さま、本当にお疲れ様でした。

 

5号の外観要件は差し戻しのため、申立人の性別変更は叶っていないままですが、いずれ同じ理由で5号も違憲となるのではないでしょうか。……それまで辛抱は続きます。

 

判決→

令和2年(ク)第993号 性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄 却決定に対する特別抗告事件

 

令和5年10月25日 大法廷決定

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/446/092446_hanrei.pdf

 

さて、25日の判決を受けた2023年10月26日(木)の朝刊を読み比べてみました。朝日新聞東京新聞毎日新聞日本経済新聞、読売新聞、産経新聞の6社。最高裁が法令などを違憲と判断するのは戦後12例目というレア中のレアなので、どこも1面トップです。

個人的に良いと思ったものから挙げていき、簡単なコメントを書いていくことにします。下にいくほど差別的な内容が増えますので、閲覧注意です。

 
 
 

朝日新聞

 

1、2、12、28、30、31面に記載あり。

 

2面に「トランスジェンダーをめぐる主な流れ」の年表があり、28面の意見要旨の下に特例法制定時の様子まで載っているのはありがたいですね。特例法の議員立法に携わった南野知恵子参院議員(当時)や、ロビイング活動をしていた上川あやさん、野宮亜紀さんのコメントまで。

 

30面には「安全な手術体制整備 課題」の見出しで、GID学会理事長の中塚幹也さんによる好意的評価、「手術を希望する人が手術を受けやすい環境整備を整える必要」にも言及。

 

31面の高井ゆと里さんのコメントでは、国家が医療措置を通じた不妊化を一律に強いることが「性と生殖に関する権利と健康(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」の侵害であり、優生思想の反映である、と指摘されています。同じく31面には、トランス女性とトランス男性の夫婦の手術時の回想や、中学3年生の時に家族にカミングアウトしたトランス男性の話も。

 

東京新聞

 

1、2、5、23面に記載あり。

 

1面の見出しは「生殖不能要件「違憲」」とあり、しっかり4号を生殖不能要件と指示したのは良いと思いました。5面の社説では「人権重視した新法こそ」の見出しで、「もはや、特例法自体を廃止すべきではないか」と次の展望を示しました。

 

毎日新聞

 

1、3、5面に記載あり。

 

5面の社説では同性婚の法制化とあわせて「LGBTQなど性的少数者の尊厳と権利が守られる社会の実現」を語るのは良いのですが、3面にわざわざ「自民内 法改正慎重論」として「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」に文字が割かれていて台無しです。もし「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性」を語るのであれば、トランスジェンダーの法的身分を侵害し続けるのではなくて、自民党の議員が世襲制をやめて約半数を女性議員にするよう仕組みを変えるなり、オリンピックをやめればいいんじゃないですかね。

 

日本経済新聞

 

1、47面に記載あり。

 

最高裁の判決文が言い訳じみているのがまず悪いのでしょうけれど、「医学の進展」と「性同一性障害の人に対する理解の広がり」によって2019年の第2小法廷で出した合憲が今回違憲になったかのような記述に重きが置かれるのはバランスを欠いています。

 

おおもとを辿れば、最高裁が2019年の時点で人権侵害を放置して合憲を出してしまっていたわけですし、2003年の特例法制定時でも自民党保守派の機嫌を伺って人権侵害がまかり通ってきたわけなので、司法・立法が反省もせずに「世間が変わったから違憲ということで〜」みたいな逃げっぷりなのがおかしいです。日本経済新聞がそうした言い訳に文字数を割く必要はないと思います。そして、両論併記のように「公衆浴場やトイレなどの安全性が脅かされる」という反対意見を記載する必要もないです。

 

【読売新聞】

 

1、3、11、30面に記載あり。

 

1面はまだ客観的記述にとどめようと踏ん張っている様子ですが、3面の社説がひどすぎてゲロ吐きそうです。実家にこんな新聞があったら、家族と縁を切るしかない。

 

トランスジェンダーという言葉を使ったら呪われるかのようにずっと、もはや世界中で使われなくなっている「性同一性障害」の人と繰り返し書き、「男性の体に生まれた」などと表記。身体も生活もとっくに変わっているにもかかわらず戸籍での取り扱いが時代遅れだから今回のような申立が起きているのであって、事態が全然のみこめていない報道のあり方です。30面には滝本太郎の見解。

 
 
 

産経新聞

 

1、2、3、6、23、24面に記載あり。さすが気合いが入ってますね。

 

「社会の不安招かぬ対応を」「混乱は最低限」など、まるでトランスジェンダーがトラブルメーカーのような書きっぷりは平常通り。3面には櫻井よし子「判断に強い違和感と危惧」、6面は「自民内に懸念「困った判決」」、24面の当事者の声には「性同一性障害特例法を守る会」美山みどりさんのコメント「私たちは手術を受けることで社会に受け入れられてきた」と掲載、その偏りを補うかのように鈴木げんさんのコメントも掲載していました。

 

美山さんのような“当事者”の意見には素朴な疑問が湧くのですが、普段から下半身を露出して生活しているのでしょうか?手術をしたかどうかは他人には残念なほど無関係な出来事ですし、むしろ自分としては「やっと手術できた!」と身体の変化に喜びを感じはすれど、その喜びを共有する相手などいなくて寂しい思いをするくらいかと思うのですが。他人の下半身の凹凸や臓器の有無によって、憲法13条や14条が保障されたりされなかったり、って嫌な社会ですよね。「一ヶ月前のあなたは手術をしていなかったので国家は権利を奪うことが正当化されていましたが、今のあなたは手術をしたので認めてあげます」とか言ってくる社会は、丸ごと変わらなければいけません。

 
 

〜おまけ〜

25日は、旧優生保護法下で不妊手術を強いられた人2名が国に損害賠償を求めた訴訟にも、良い結果が出ました。仙台高裁が国側の控訴を棄却し、賠償を命じたそうです。こちらはトランスジェンダーの話題ではありませんが、同じように国に不妊状態を強いられたことへの訴えに対し、裁判所がまっとうな判決を出した日です。

どちらもあまりにも遅すぎましたが、事態がこれ以上悪化しないために司法が機能してほしいです。

 

周司あきらの2023年総括

プライベートなことではなく、対外的なことをまとめたいのですが、とはいえ私自身の変化も大きい1年でした。

 

自身の希死念慮が強すぎるときは、他者が死のうが殺されようが正直どうだってよかったのです。「社会」と呼ばれるもののすべてに無関心でした。色々考えられるようになってきたのは、自身の性別違和がほとんど解消されて、金銭的な切迫感から少しばかり距離を取れるようになったからです。しょうもないシステムだな、とようやく憤っています。

さて、2023年は、力不足でありながらフライングで色々やらせてもらいました。

 

4月に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)発売。それに先立って「あかり&あきら ZINE」を無料配布したり、いくつかの書店さんに置いていただきました。ご協力いただき誠にありがとうございます。なお、 ZINEにした2人の対談はこのブログからも読めます。

編集者が介在しないまま始まる往復書簡が商業出版されるケースは珍しいんじゃないでしょうか。表紙デザインや構成まで希望を叶えていただき、一冊の本になりました。「第1章 身体がはじまる」などの項目は、私から提案したものをそのまま採用していただいたかたちです。「表紙デザインには手紙で交わされた言葉を使ってほしい」というリクエストも、装丁の清水肇さんが実現してくれました。

2022年に明石書店から『トランスジェンダー問題』邦訳が刊行されてトランスジェンダーの本がきちんと「売れる」実績ができたからこそ可能になったのかなと受け止めております。

書評はこちら↓

埋没しているのは誰か? 高井ゆと里さんが読む『埋没した世界――トランスジェンダーふたりの往復書簡』|じんぶん堂

 

私と手紙を交わした五月あかりさんについて、「本当に実在するの?」と聞かれたことがありますが、五月さんはそのことを知って笑っていましたよ。

 

 

7月『すばる8月号は「トランスジェンダーの物語」が特集でした。なんと私もお声かけいただき、随想「家父長の城」を寄稿しました。私の友人に「芥川賞を取る」ことが目標の人がいるのですが、そやつより早く文芸誌に載せていただけるとは…..。

「家父長の城」は誌面4ページ分です。そのなかに、「女側から男側へ性別移行を経て、家父長制がどう映るか」のテーマを詰めました。

 

同号掲載の川野芽生さん『Blue』は、胸にくるものがあったので、芥川賞候補になって書籍化するそうで嬉しいです。

 

7月には『トランスジェンダー入門』(集英社新書)も発売。瞬く間に4刷、じんぶん大賞3位、ありがとうございます。もし学級文庫に置いてあったらそのときは手に取らなかったとしても、5年後にやっぱり読んでしまうような本を目指して書きました。

 

刊行イベントも色々やらせてもらいましたね。ほとんどは共著者の高井ゆと里さんが頑張ってくれて、私は顔出しせず生活を守り続けていますが、李琴峰さんとエトセトラブックスの松尾さんとのイベントは私も参加しました。現在のトランスジェンダーの置かれている状況について、李琴峰さんが「同性愛者たちがエイズ禍で引きずりだされた歴史に似ている」と仰っていたのが印象的でした。

 

2023年はLGBT理解増進法が成立、経産省でトランス女性に対しトイレ利用を制限していた件で最高裁の違法判決、性同一性障害特例法の生殖不能要件に違憲判決、と法律レベルで否応なく可視化される出来事が続きました。だから、エイズ禍で同性愛者が変革を目指すしかなくなったように、トランスジェンダーへの差別撤廃に向けて動かなくてはならないのだと理解しました。

 

トランスジェンダー入門の刊行記念イベントは、可能な限りWeb記事化しています。

vol.1は、文学の話も。

shinsho-plus.shueisha.co.jp

vol.2は、データに基づいてトランス差別の実態が浮かび上がりました。

shinsho-plus.shueisha.co.jp

vol.3は、ネットのデマで「トランスジェンダー」を知ってしまった人向け。読みやすい対談形式の記事です。

shinsho-plus.shueisha.co.jp

vol.4は、清水晶子さんと高井ゆと里さんが、ごりごりフェミニズムの話をしています。

shinsho-plus.shueisha.co.jp

vol.5は、トランスのリアルが詰まっています。当日のイベントの雰囲気も、内容は切実ながらあたたかい空気感でした。

shinsho-plus.shueisha.co.jp

 

8月はエッセイとブックガイドを寄稿した『われらはすでに共にある:反トランス差別ブックレット』(現代書館)が発売。2022年11月発売の ZINE増補版に参加させていただきました。

 

『すばる』の随想は、依頼を受けて1分ほどで何を書くか思い浮かんだのです。でも『われらはすでに共にある』に何を書くか、1ヶ月まるまる悩みました。トランスジェンダーの当事者的なスタンスで私の体験を掘り下げるか、トランス男性への差別を筋道たてて語るか。結局、「差別(とそれに抗すること)」よりもっと手間から話を始めようと決めてエッセイを書きました。トランスジェンダーの人は存在するし、かれらを愛するひともいる、ということです。

 

特別に追加してもらったブックガイドでは、虎井まさ衛さんの『語り継ぐトランスジェンダー史』を紹介しました。90年代から顔出しして情報発信している日本のFtM(トランス男性)はほとんどいないなかで、重荷を引き受けて活動していた方だと思っています。

 

なのでエッセイもブックガイドも、原点回帰がテーマですね。最近SNSで流行っているから差別やトランスジェンダーに興味をもった、という人には「ずっといた」と示す必要があると考えまして。

 

11月にはWebあかしに「書籍でふり返るトランスジェンダーを掲載してもらいました。

webmedia.akashi.co.jp

漫画や写真集といった書籍には個人的にほとんどアクセスできていないので、ここに掲載できなかったものも語り継いでいってほしいです。

 

この機会にたくさんトランスジェンダーの本を読みました。エトセトラの男性学の方でも選書したので、10月はトランスジェンダー関連50冊+男性学関連25冊と、選書リストには載っていない本も読んだので大忙しでした。なんか賢くなった気がする。

 

現代用語の基礎知識2024』発売。

性別とは何か、トランスジェンダーの状況とは。高井ゆと里さんと執筆しました。

 

 

11月はついに『エトセトラVOL.10』発売。特集編集をやらせていただくことになって、男性学に夢中になる楽しい一年でした。

「はじめに」無料公開しています↓

etcbooks.co.jp

 

「あとがき」に書いたように、この号は「特権」「加害性」「生きづらさ」の3ワードを基本的に封じています。これは世間一般というよりは、男性学に関心があって、かつフェミニズム雑誌のエトセトラを手に取る、という人向けの課題といえるかもしれませんが、これら3ワードを使えば気軽に「僕はジェンダーの問題や性差別を考えています」というポーズを取ることが出来ると思うのです。しかし、そんなつまらないことはやめてほしいな、という私からの要求です。

男性が得ている特権や無意識でも身についてしまう加害性、個々の生きづらさ(=それを「男性の生きづらさ」として語るケースが男性学では多いですが)があることなんて、いうまでもなく当たり前です。それを、男性社員の多い飲み会とかで披露するなら良いエピソードでしょうけれども、フェミニストの読者が多くいるエトセトラの誌面でわざわざやる必要はないですもんね。

 

女性の方をチラチラ見てなにかカッコつけたことを言うのではなく(やるべきことは黙ってどんどんやってください)、男性は男性の話をガンガンしてほしいです。それは当然、性差別や他のあらゆる差別に無頓着であることとは違います。

 

少ない誌面でクリアできたことは少ないものの、いくつかヒントが散らばっている特集になったかと。エトセトラの店舗では、男性学の選書も25冊分しました(2024年の1月中旬まで展開されているみたいです)。誌面で語りきれなかった視点を選書で少しでも補えていたらいいです。

 

12月は図書新聞で大々的に『トランスジェンダー入門』のインタビューを掲載してもらいました。12月23日にはエトセトラの特集に参加していただいた小埜功貴さんとトークイベントをしました。直前まで体調不良だったものの、男性学メンズリブの話をしていると元気になりました。

 

あと、まだ表に出ていませんが、ようやく男性学の本を書くことにエンジンがかかったので、12月中はずっと考えて書いていました。『トランス男性による トランスジェンダー男性学』を書いた頃には手の届かなかった話を、今度こそちゃんとしたい。2024年中に世に出す気でいます。

 

男性を理解するための3つのW「女性(woman)」「仕事(work)」「戦争(war)」のうち、ここ最近の男性学は「女性(とりわけ異性愛)」と「仕事(とりわけホワイトカラー)」に偏りがちだった印象がありますが、もう「戦争」や国家総動員の人殺しについて、無視できないのではないでしょうか。

 

以上、振り返りはおわり。

 

 

 

FtM陰茎形成手術を問い直す『Hung Jury』

この記事は、洋書『Hung Jury: Testimonies of Genital Surgery by Transsexual Man』の紹介です。

『Hung Jury』は、2012年にTransgress Pressから出版されています。

主要な著者は、Trystan Theosophus CottenさんとBrice D. Smithさんです。

Amazonリンクはこちら

 

 

●なぜ『Hung Jury』を紹介するのか

 

タイトルの“Hung Jury”という英語を調べると、「評決不能陪審」と出てきます。審議を重ねても一致しなかった評決、を指すそうです。これだけでは意味がわからないですが、"hung”は「巨根」のスラングでもあるらしいです。内容的には、トランス男性(FtM)の陰茎形成手術(ミニペニスではなく、大きなペニス形成)について話し合って判断しようよ、みたいな?

 

ちなみに、トランス男性がペニスを持ちたい場合の手術には、ざっくり2パターンあります。1つ目は、自身の陰核(クリトリス)を使って陰茎(ペニス)のように作り替えたもので、「ミニペニス形成(陰核陰茎形成手術)/metoidioplasty」と言うことがあります。

 

2つ目は、自身のほかの部位(太ももや前腕など)を使ってよりビッグなペニスを形成する場合の「陰茎形成手術(phalloplasty)」です。『Hung Jury』というタイトルでは、二つ目の陰茎形成手術をイメージしましたが、どちらの手術の経験談も載っています。

 

さて上記のタイトル予想でお分かりのとおり、この本はトランス男性の陰茎形成手術に焦点を当てています。私はこれまで陰茎形成手術だけを(肯定的に)語ったこれだけの文量を目にしたことがありませんでした。

 

なぜか?私自身が陰茎形成手術を受けなくてもいいや、とある時期から決めにかかっていたのもありますが、いや、その前に。なぜ陰茎形成手術の話題がほとんど聞かれないのか、その背景に注目すべきでしょう。

 

 

●なぜトランス男性間で陰茎形成手術の話題が控えめなのか

 

だって、不思議ではありませんか。「男性」の身体イメージとして、「ペニス」はありとあらゆる場所で紐付けられているように見えます。それなのに、トランス男性の話題になったときに、「ペニス」がすっかり減る状況とは。

 

ええ、もちろんわかっています。

 

第一に、性別(ジェンダー)は性器で決まっているわけではありません(たとえ出生時に医師が性器に基づいて性別分類をしていたとしても、実生活で自分や他人の性器をつねに意識する必要性はどこにもありませんから)。

 

第二に、トランス男性の性器形成は、途方もない費用と年月と痛みに耐えなければなりません。それゆえ、そこまで手術するトランス男性は数が少ないです。そうした経済的側面や、期間の長さ、難易度が理由で、トランス男性間でペニスの話題が控えられていることがあるでしょう。

 

日本のFtM YouTuberモリタジュンタロウさんによる調査『竿なし男子によるSEXの真面目な教科書』では、FtM・FtXやそのパートナーら240名にアンケートをとった結果、「陰茎形成手術までしたFtM」は、たったの1名(0.6%)でした。もちろん、偏りがあるのは指摘できますが(必要な治療の情報をすっかり得て納得する段階まで治療を済ませているFtMは、もはやFtM向けアンケートに解答しないかもしれません)、それにしても数が少ないでしょう。難易度が高く経験者も少ないため、トランス男性自身が諦めの境地に至って、「語らない」ことがあるのです。

 

第三に、手術したとしても、「ホンモノ」にはほど遠いはずだと散々見聞きすることです。うまく勃起や挿入もできないかもしれないし、排尿できる保証はないし、第一自分の精子で子どもを産めるようにはならないじゃないかと。そう聞かされて、諦めるトランス男性もたっくさんいたはずです。つまり、身体的な理由です。

 

第四に、トランス男性ならではの生き方が指摘できます。陰茎形成手術をしなくても自身の身体をポジティブに受け止めて男性として生活しているトランス男性もたくさんいます。シス男性がペニスにこだわっているからといって、トランス男性もペニスにこだわらなければならない理由は、本来ないのですよね。おまけに、もう何年もペニスのない身体で生きてきた以上、本人にとっては無い状態が自然に感じられる、ということもあるでしょう。

 

ここらへんの感覚は、「生まれたときから障害がある(→ないのが当たり前)」と捉えるか、「本来あるべきペニスが途中で失われてしまったような感覚がある(→あるのが当たり前だったはず)」と捉えるか。ペニスがないと生きていけないトランス男性の感覚というと、もしかしたら中途障害者の感覚に近いのかなと個人的には予想しています。

 

けれどもこの本の著者は、そんなトランス男性自身の、陰茎形成手術への否定的な見方(とくに上記2と3の理由)に疑問を呈します。

 

「僕は、陰茎形成手術の価値を下げるようなことを言いすぎてしまったのではないか……?」

 

偏見抜きで、また、シス男性のもつペニスを過剰に理想化することなしに、トランス男性の陰茎形成を語っていく試みが、『Hung Jury』です。

 

●日本で陰茎形成手術がマイナーな理由

 

さきほど「日本で陰茎形成手術までするトランス男性は少ない」という話をしました。日本国内で陰茎形成手術を望むトランス男性は、日本かタイで手術をおこなうことが多いのですが、「陰茎形成手術がマイナーである」というイメージは、アメリカのトランスコミュニティの影響も受けているのかもしれません。日本で生活していて、どうにか英語で検索してたどり着く情報というと、最初はアメリカの病院や当事者の情報になりがちです。

 

日本におけるFtMの草分け的存在である虎井まさ衛さんは、90年代にアメリカで手術を受けていますが、『ある性転換者の記録』という自伝のなかでそのときのアメリカでは陰茎形成が“franken dick”(フランケンシュタインみたいなペニス)と言われて不評らしい、と述べています。

 

でも、他の地域はどうでしょう?タイ以外に、「治療でオススメの国」があるには違いありません。『Hung Jury』で名前が挙がってくるのは、ベルギーです。Foreword(序文)には、「ベルギー出身のトランス男性からしたら、米国のトランス男性があまり陰茎形成をしていないということに驚いていた。彼は自身の陰茎にとても満足しているという」といったエピソードが登場します。

 

イギリスのトランス男性であるCharlie Kissさんのエッセイ『A New Man』でも、ベルギーで陰茎形成をした話が出てきます(私が書いた『トランス男性による トランスジェンダー男性学』で引用させてもらいました)。なぜイギリスからベルギーへ?と謎だったのですが、ひとつベルギーが陰茎形成の市場として(おそらくヨーロッパ圏で)知られているのかな、とようやく納得です。

 

そして、大事なこと。性器手術の費用がカバーされている(≒保険適用されている)国では、より多くのトランス男性が手術を受けることを選択しているといいます。お金の問題であり、アクセスしやすい環境があるかどうかにかかっているのです。

 

 

●本音はどこに?

 

また、トランス男性が積極的に陰茎形成手術をしない(できない)要因としては、「すっぱいブドウ」現象ではないかと。つまり、陰茎形成手術を手に届かないものだと諦めることで、財政的障壁やほかの障壁に直面したときに、自分の身を守ろうとしてあえて「陰茎形成手術を受けなくたっていいし……」と思っているのかもしれません。

 

このことは陰茎形成手術だけでなく、ほかのありとあらゆる面でもいえます。トランスジェンダーは「最も深いニーズ(our deepest needs)」を否定するように条件づけられてきているため、「求めたら罰せれられる」と無意識に恐れていることさえある、と指摘されています。

 

情報にも偏りがあります。これを書いている2022年末には、トランス男性で胸オペ(乳腺摘出、乳房切除)をする人は決して少なくありません。それどころか、男性ホルモン投与と同じくらい需要があり、実際に実行されてもいるではありませんか。

 

しかし元はといえば、胸オペだってマイナーで危険で訳の分からない手術だと思われていたわけです。けれども今では、(トランス男性の間で)メジャーな手術になりましたよね。ようするに、人々の認識、慣れの問題があります。陰茎形成手術に肯定的な表象が増え、経験者の語りが増え、保険適用などで安く実行できるようになれば、陰茎形成手術そのものへのタブー視(とは言わないまでも、「そこまでやるの?へー……」というしけた空気感)は減るに違いありません。

 

当事者の語りとしては、「性的感覚が減って快感を得られなくなってしまう」という否定的なイメージが先行される一方で、実際には「性的感覚が増して、陰茎形成して良かった」と意見する人たちもいます。そのため、実際に手術を必要として結果を喜んでいる当事者を差し置いて、マイナスなイメージばかり広がるのってフェアじゃないよね?という。それは確かにそうで、私も読みながら反省しました。

 

この本には、トランス男性でゲイであるルー・サリヴァンの青春エピソードも記載されています。ゲイバーで踊って、ゲイ男性やドラァグクィーンをナンパするのはルーにとって楽しいことでしたが、でも(女性と認識される可能性がある)トランス男性の自分と寝てもらうには、相手の男性を“異性愛者の男性”に変えなければならないのだろうか?と葛藤していた様子。トランスかつ同性愛者であると、医師からも理解されにくいことも、今に至るまで変わっていないようです。

 

トランス男性のイメージを拡張する、大事な一冊だと思いました。

 

 

 

あかり&あきら対談「ホルモン治療って何のため?」

初出:2023年8月1日

https://ichbleibemitdir.wixsite.com/trans/post/hormone_akariakira

 

トランスジェンダーの人が性別への違和感を軽減させ、その後は体調維持のために使うことのある性ホルモンについて、話し合います。

 

A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー) 

B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)

 

 

【男性ホルモンが好き!】

 

B;私は男性ホルモン(主にテストステロン)を愛している。

 

A:急にどうしたの?わたしは別に、女性ホルモン愛してはないよ。

 

B:トランスジェンダーにまつわる医療で、私が真っ先に頭に浮かぶし、すごく大事だと思うのはホルモン療法だから。

 

A:そうか、私からしたら、ホルモンは足りないから入れてるって感じだけど。

 

B:あかりさんって食事のことを養分摂取だと思ってる?そういうタイプならしゃあないね。

 

A:思ってないよ!食事は大事だよ。わたし盛り付けとかきれいじゃん!?

 

B:そうだったね(笑)。男ホルに関しては他の人も言ってるけど、気分がウェイウェイウェイってなるのよ。

 

A:うんうん。

 

B:単にトランスだから自認している性別のホルモンを摂取しているってわけじゃなくて、もちろん男性ホルモンとの相性も関係あるんだけど、人生がホルモンのおかげで豊かになってるって感じするもん。

 

A:えぇぇー。そうなんだ。ホルモンのおかげで人生が良くなったとか、思ったことないわ。ホルモン酔いで気持ち悪くなるくらいかなぁ。

 

B:まぁ、私の場合は男性ホルモンに限る、って話。女ホルは血と涙の結晶だと思ってるよ。比喩ではなく、生理の血と、女性であることの涙と。それが女ホルでしたから。

 

A:あきらさんは、昔の自分の身体には女ホルがあったーって、よく言ってるもんね。

 

B:そうだっけ?

 

A:言ってるよ。前の「身体の性ってなんだろう」対談かな、でも言ってた気がするし。あれでしょ?今わたしが女ホル打ってると、かつての自分の身体みたいになってるって、思うんでしょ?

 

B:そうだったっけな。女ホルがあるとかないとかより、「男ホルがある!」っていうのが強いの。そもそも女性ホルモンは私関心がなかったから、エストロゲンプロゲステロン、って主に二種類ありますって説明も、MtF系の身体のことを知りだしてから、そういえば自分もそうだったんだって、気づいた。

 

A:そうかぁ。

 

B:こんなに二種類の女ホルに違いあったんだ、って。

 

A:そうかそうか。でもわたしは男だった時は、「男ホルあります!」って感じ、なかったけどね。

 

B:逆に今は「女ホルあります!」とか感じるの?

 

A:ぜんぜん。気持ち悪いときと、ホットフラッシュで女ホルが足りてないなってときは、「女ホル~頼むよ~」って気持ちになる。

 

B:ふふ(笑)。なんか、恩恵ゼロやん。迷惑なときだけ存在に気づくっていう。もちろんポジティブな身体の変化としては、感じるところかもしれないけど。でもそれは、例えば胸が膨らんだことに対する評価であって、「女ホルありがとう!」って感じとは違いそう。

 

A:そうだね。女ホルに迷惑被ってるときは、女ホルのこと考えるけど、ポジティブな方で、女ホルの恩恵とか、考えないよね。むしろわたしが気になるのはあなたの方よ。

 

B:なに?

 

A:男ホルありがとう!の意味が分かんないもん。

 

B:鬱っぽさが消えて、気分が日常的に高揚していて、生きていることが幸せって感じるのは男ホルのおかげだと思ってる。

 

A:…

 

B:なんか麻薬みたいだね。

 

A:…

 

B:他のトランスの人はそうじゃないのかな?でもそういう語り聞いたことあるからさ。

 

A:いやぁ。文字だけ見たら完全にドラッグだよ。

 

B:ははは(笑)

 

A:真面目な話していい?確かに、男ホルで、鬱っぽさがなくなるとか、エネルギーが溢れるとか、あるのかもしれないけどさぁ…

 

B:MtF系には関係ないね。

 

A:うんうん。わたしも金玉ないしね。それでね、男ホルのダイレクトの影響だけなの?それって。やっぱりさ、やりたかった治療を始められた喜びとか、身体が変わることの喜びとかで、楽しくなったりとか、そういう間接的なやつじゃないの?

 

B:あなたの言いたいことわかるよ。そういう社会的な役割ももちろんあるだろうけど、それとは別に、空腹なときに胃に何か入れたら感謝したくなるようなそういう感じで、空っぽの身体に必要な栄養が行き届いたようなエネルギー発するのが男ホルの影響だよ。

 

A:はぁ。

 

B:わたしは男ホルラバー(lover)だから、しょうがないよね。

 

A:そうなんだ…。全然わかんないよ。でも、もはや別人じゃん。

 

B:はは。私は女ホル優位だったころ(=男性ホルモン治療を開始する前)、泣き虫だったわけ。情緒不安定で、ほっとくと毎日涙が出るような状況で。身近な友人とかも、私が泣き虫なんだと解釈してただろうけど、あれは女ホルのせいだと今は思いますね。今なんて泣きたくても泣けないよ。

 

A:へぇ。

 

B:男性が泣かないのは男らしさを気にしてるからだ、っていうのは一理ある説明だけど、男性ホルモンをやると泣きづらくなるのはあるなって実感した。

 

A:そっかぁ。わたしも確かに女ホル始めてから、急に涙出たり悲しくなったりすることは増えたかもなぁ。でも、女ホルやりだしたのが、社会的には結構性別移行した後だったから、一番つらい時を乗り越えてから女ホルしたんだよね。だから実際は、女ホルする前の方がよく泣いてたかなぁ。

 

B:あぁ、なるほどね。なるほど。そこは私とは違うね。

 

A:つまりさ、わたしはすっごく鬱だった時期から、女ホルを始めて、確かになんか涙もろくなったとはいえ、「すごい鬱」の時期はなくなったわけ。

 

B:めでたいね。そりゃあね、単に女ホルがある地獄より、性別違和を突きつけられる地獄の方が巨大だもんな。

 

A:ほんとそう。一番つらい時は、女ホルなしで乗り越えちゃったんだよね。

 

 

【ホルモン治療で鬱が軽減するって?】

 

A:でさ、最近ニュースとかで見たんだけど、あれよ。「トランスの人がホルモン治療をすると、鬱の割合が下がりました」みたいな研究データ、どう思う?

 

B:それはどの時期を調査するかによって全然違う。もっと詳しく聞かせてもらわないと全然分からないよ。

 

A:うん。

 

B:私も男ホル始めて3カ月のころは、すごい鬱だったよ。知り合いが心配して、精神科とか心療内科にも連れて行かれた。路上で涙が止まらなくなって。でも、半年以上経過してからは男ホルハッピーだよ。だから、時期によるわけ。男ホルと女ホルが体内でせめぎ合ってるときに、鬱がなくなりましたか?とか、おかしいよ。そんなの体調悪いよ。

 

A:急にしゃべりだした。わたしも、ああいう研究は「なんかなー」って思ってる。

 

B:なんかさ、都合よくトランスの生き方をデータに当てはめてるからさ、データの正しさで幸・不幸を定めちゃってる感じ?

 

A:うんうん。あなたの言うように、ホルモンを性別移行のどの段階で始めたのかとか、初めてからどれくらい経ってから、どれくらいホルモンの相性が良かった人を調査してるのかとか、気になるよね。

 

B:元からメンタル悪かったり、身体がホルモン受け付けない体質の人に、ホルモン治療やったりしたら、体調が悪化する可能性があって、トータルの状況がより悪くなってる可能性もあるじゃんか。それはさ、単に性別違和だけの問題じゃない。

 

A:わたしもそう思う。なんていうか、性別違和は辛いし、鬱にもなると思うんだけど、まずもってホルモンで直接に緩和される性別違和ってどれくらいあんのか、というのが気になるし、トランスの人が鬱になってるのって、別に性別違和だけのせいじゃないというか、生きていけないからじゃん。

 

B:あかりさんの話を聞いてて、問題点が二つくらい浮き上がった気がする。一つ目は、ホルモン治療による変化によって社会的な扱われ方が変化して、社会的な性別移行が進みやすくなったとしましょう。それはホルモンによって身体の変化が起こったことによる幸せなのか、それとも周囲の人が本人の性別通りに扱っていなかったけれども、それが叶うようになったことによる幸せなのか。これが一つ目。

 

A:なるほど。二つ目は?

 

B:二つ目は、トランスジェンダーの人という個人のなかから性別違和だけを切り取ることは本来できないので、ホルモンによって性別違和が減ったから生きやすくなった、というストーリーが正しいとは限らない。

 

B:おっしゃる通りだわ。わたしも頭が整理されてきた。ああいう研究をやってる人とか、そういう研究を紹介して、ホルモン治療はトランスの人のためになるんですよ、って言ってる人たちは、善意で言ってるんだと思うんだけど、なんかピントずれてる感じする。

 

B:ピントがずれてる、っていうのはしっくりくるわ。

 

A:そういう研究者とかのストーリーって、あなたが言ってたよりも、ずっと社会的な側面を無視してる気がしたの。「性別違和→鬱になる→ホルモンする→性別違和減る→鬱が減る」みたいな。でも実際には、ホルモンと合わせて、社会的にも扱われ方が変わったりするし、それで鬱が改善する方向になることもあるだろうし、そもそもホルモンを始めること自体が嬉しいっていう人もいると思うんだよね。

 

B:うんうん。他のストーリーで言うと、「シスジェンダーの発育が正しいもの」って誰しもが認識している現状だと、「身体に手を加えることはいけないことだ」っていう認識に繋がるじゃない。だから、ホルモン治療を始めたっていうのは、そのトランスの人にとっては幸せのはずなのに、「間違ったものに手を下した」っていう認識になってしまう人もいそう。だから、幸せになるはずなのにそれが世間の常識とずれてるから、本人も幸せになれない人もいそう。

 

A:なるほどねぇ。

 

B:ホルモン治療を始めて早い段階で、(男ホル投与で)生理が止まるとか(女ホル投与で)ペニスが委縮するとか、なると思うけど、「人間は生殖するもの」って信じてきた人からすると、自分が欠陥品になったんだ、自分の能力が減ったんだ、て思う人もいると思う。シス的な正しい道から外れたんだって。それは自分の性別違和がなくなった、という風にだけ理解するには、世間が厳しすぎるかも。

 

A:シスの人たちの、身体についての常識とか思い込みは、トランスの人にも内面化されるもんね。わたしは全然、欠陥品になった感じしなかったけどね。

 

 

【ホルモン前後の孤独感】

 

B:あかりさん自身はどんな風に感じてたの?自分の変化について。でもあれか、すでにホルモン始める前に性別変わり始めちゃってたら、ホルモンそのものによる変化とか少ないのかな。

 

A:そうだねぇ。わたし的には課題が2つあって、まずは男性をやめること。これは人生の目標だったの。それは、SRSして叶ったかなって思ってる。もっと前から、女ホルをしない状態で、女性的な生活にはなっていたけど、その総仕上げとして、男ホルを作る臓器とかをまとめておさらばしてね、総仕上げって感じ。

 

B:それは愉快なことだね。

 

A:でしょ。それで、2つ目の課題は、これはなりゆきだったんだけど、SRSして女ホルを始めると、どんどん身体が自分のものになっていたの。これは、自分の身体が完成に近づく感じだったよ。だからどの段階でも、性別移行のプロセスで、自分の身体が欠陥品になったって思ったことはなかったかなぁ。

 

B:なんかさ、私は「男性になる」っていう意識よりも「トランスジェンダーになってしまう」っていう恐怖が先にあったかもしれない。すごく孤独な境遇に追いやられるのかなとか。

 

A:へぇえ。

 

B:結果、そんなに気にならなくなったからよかったけど。

 

A:そうなんだ、わたしそれ無かったかも…。

 

B:ふーん。

 

A:むしろ、自分のことを昔はシス男性だって信じようとしてきて、でもシス男性なのにこんなに性別が辛いなんてシス男性のなかではわたしだけなんだーーっていう孤独が強かったから。

 

B:なるほど、そっちか。

 

A:そう。だから自分はもう否定できないくらいトランスジェンダーなんだ、もうこれは否定できないんだ、自分は女性のアイデンティティはないけど、シス男性ではなかったし、それになるのは無理だったんだーっていうのは、むしろ仲間が増える感じがしたよ。

 

B:まじ!?そっかそっかそっか。性別に適合できないシス男性で居続ける方が、孤独なことだったんだ。

 

A:そうだよ。辛かったよ。だからトランスだって認められた後、精神的な性別移行ね、これの後は、すっごいYoutubeとか観まくってた。

 

B:気づいてからか、そうか。

 

A:だから私は、ホルモンを始めることそのものの不安とかはなかったかなぁ。「親からもらった身体」とかの発想もなかったし、トランスになってしまう恐怖?みたいのもなかったかも。ホルモンを始めた時点で、性別移行がかなり進んでたってのは大きいかな。だからやっぱり、さっきの研究の話だけど、ホルモン始める前後で鬱の傾向とか比較しても、仕方ない気がするんだよね。始めた時点でのみんなの状況が違い過ぎるからさ。

 

B:確かに、私とあなたでも全然違うね。

 

A:ねぇ。

 

B:せめて、身体への肯定感に変化があったかとか、社会的な扱われ方に変化があって、それによって変わったかとか、それなら分かるかも。

 

A:そうだね。それは少なくとも聞いて欲しいよね。やっぱり気になるのはさ、トランスの人が性別違和で~、鬱になって~、だからホルモンして~、鬱が改善して~、っていうストーリーってさ、私たちがホルモンする理由と関係なくない?

 

B:関係ない!

 

A:だよね。鬱だからホルモンしてるんじゃないもん。鬱なら鬱の治療した方がいいと思う。

 

B:確かに!だからさ、なんか昔の(性同一性障害の)診断基準だとさ、精神が不安定な奴は治療に進めませんみたいな項目あったやろ。

 

A:あった。ガイドラインでしょ。それも変だよね。ホルモンが開始できないからこそ性別移行できないとか性別違和辛いとか、それが理由で鬱になってる人いっぱいいるのに、鬱の人はホルモンできません、っていうのはおかしいよね。でもだからといって、鬱の治療のためにホルモンをしてるわけではないんだよなー。

 

【男性ホルモンと女性ホルモンの違い】

 

B:うん。あとやっぱ男ホルと女ホルの違いもあると思うよ。一般にさ、女ホルの方が鬱っぽくなるじゃん。それはシスの女性にとってもそういうものでさ。例えばシス女性が女ホルのせいで鬱気味だからといって、その人から女ホルを抜いたり男ホルを注入したりはしないじゃんか。だからトランス女性がホルモンで鬱っぽくなったからといって、その人から女ホルを取り上げたり男ホルを打ったりするのは、正しい治療とは言えないんじゃないかな。

 

A:はは。

 

B:それはもう、そういう体質だったりするんだよ。シス女だろうとトラ女だろうと、全然鬱になんかなりません、っていう元気な人はうじゃうじゃいるし。性ホルモンは、シスの男女にもあるんだから、それはトランスの話だけでもなかったりする。

 

A:そうなんだよねぇ。さっきも言ったみたいに、私たちがホルモンするのは、鬱の治療を目的としているわけじゃない。もし、鬱の治療が目的なら、ホルモンで鬱っぽくなってる人はそのホルモンをやめるべきだけど、別に鬱の治療が目的じゃないから、鬱っぽくなったからといって、ホルモンを取り上げるのは間違ってる。

 

B:だったら、デッドネーミング(本人の望まない、昔の名前で呼ぶこと)やめろっていう方が効果的かもしれないよね。トランスの人の鬱っぽさを減らすには。

 

A:そうだね。絶対そっちだよね。だからさ、トランスの人にホルモンしたらこんなに鬱が改善されました!みたいな研究みせられても、ピントずれてるなぁってなるね。改善されてなくても…

 

B:改善されてなくても、必要なトランスの人にはホルモンやってください。

 

A:そうなんだよ。それに、改善されてる人についてもやっぱり同じでさ、例えばホルモンによって見た目とか声とか変わってさ、自分の性別で回りの人が認識してくれたり、生活を移行できたりして、それで鬱っぽさがなくなる人って、いると思うんだけど、それってホルモンが鬱を改善させたんじゃなくて、その人の生活が変わったからなんだよね。

 

B:ホルモンそのものの効果と、生活環境全般の変化と、ちょっと水準が違う。あの、最初の発言に戻ると、私はどっちの効果も感じているからだよね、男ホル好きなのは。体調もいいし、生活も変わったし。

 

A:なるほどね。

 

B:よほど体調不良にならない限りは、死ぬまで、あるいはシス男性のホルモンが枯渇するくらいの年齢までは(男性ホルモン投与を)続けると思うし。私が体調不良になったとしても、男ホルから得られた効果が失われるくらいなら、男ホルと共に身体を滅ぼす方を選ぶかもしれないな。

 

A:へぇ。

 

B:好きなんだから離さないよ!

 

A:好きだね、男ホル。わたし別に、女ホルと心中したくはないな。確かにおっぱいの張りとかなくなるの嫌だから、女ホル続けたいけど、自分的にはホルモン打たないと死ぬからっていう消極的な理由で続けてる。てかさ、わたし分かったんだけど。

 

B:なになに?

 

 

 

【ホルモンと鬱の相関関係】

 

A:ホルモンと鬱の関係ね。3つくらいある気がするの。

 

B:おぉ。

 

A:一つ目は、ホルモンそのものが精神に与える影響ね。これはシスもトランスも同じで、今日の話を総合すると、男ホルは人をハイにする。女ホルは鬱っぽくするのかも。これはホルモンそのものと鬱の関係ね。

 

B:うん。

 

A:二つ目は、性別違和がなくなるっていう話。これはトランス限定。ホルモンで、身体が変わったり、あきらさんだったら腕の血管が出たりとか、こういう身体の変化で、ダイレクトに性別違和が減ると、結果として鬱もよくなりそう。

 

B:その性別違和っていうのは身体的な嫌悪感が減るとか、喜びがあるとかってこと?

 

A:そうだね。そういう身体の次元の違和感で限定での話ね。わたしも、お尻が丸くなってユーフォリアあったよ。これも前の身体に感じてた嫌な感じが減ったってこと。

 

B:うん。

 

A:最後の三つめは、めっちゃ社会的なやつで、ホルモンを始めたことで、身体も変わるかもしれなくて、そのおかげとかもあって、周囲の認識とか、扱われ方とかが変わって、自分らしい本当の性別で(?)、生きられるようになって、だから鬱が改善する!ってやつ。

 

B:うんうん。私は1~3どれもプラスに機能したって感じ。男ホルに関しては、鬱に対比させていえば躁っぽくなっている。慣れるとわりと平坦な感情になれるんだけど、自分がコントロールできない感じでそうなってるっていう危機感を覚えたことはある。

 

A:そうなんだ。

 

 

【これはホルモンのせいなのか】

 

B:なんかさ、シス男性向きの「男らしさ」を考えるときも、多少は男性ホルモンで自分を大きく見せちゃってるんじゃないかっていうのは考えてもいいと思うんだよね。ホルモン周期的に今は気分が上がってるんじゃないか、とか。

 

A:うんうん。

 

B:男性は生理周期みたいなの気にすることないじゃん。ホルモンのこととか。男性もそういう身体のホルモンの変化を経験してるはずだから、男性も考えられた方がいいと思うんだよね。それはトランス関係なくね。

 

A:そうだね。男性は自分の身体とうまく付き合えてないことが多くて、身体に悩まされることなんてないって、信じたい人が多いよね。

 

B:例えば自分の股間が反応してるのは、男性ホルモンの作用によるものなのか、恋愛感情か何かに基づくものなのか、みんな区別できるはずなんだよね。一応、私的には区別できるんだけど。

 

A:えぇ、どうなんだろう。自分で区別がつけられるかどうかってこと?

 

B:うんうん。これはトランス男性もそうだけど。今自分のホルモンの状況がどういうことになってるかっていうのに私は意識的なんだと思う。そうじゃないと、なんで自分にこういう身体の変化が起きてるのかとか、こういう気持ちになるのかとか、分析しないで終わっちゃうでしょ。

 

A:うん。

 

B:私は女ホルには無頓着だったけど、男ホルには敏感なのかもしれない。

 

A:へぇぇ。面白いね。でもそれは危険なことでもありそう。

 

B:何が?

 

A:例えばだけど、いま自分が攻撃的な感情なのは男ホルが優位だからだな、みたいな風に自分を納得したり正当化したりするのって、危なくない?

 

B:なんでか分かんないな。例えばさ、別の例でいうと、今日は気温が40℃あるから思考が働かないんだ、って解釈できるのは便利じゃない?もちろんいつも正しいとは限らなくて、原因を推測する時に間違ってる可能性ももちろんある。

 

A:いやぁ、そうなんだけど。

 

B:けっこう女性はそういう管理の仕方してると思うけど。シス女の人とか生理のアプリとか使ってて、今日は何週目だからイライラしてもしょうがないとか、甘いもの食べたいときは我慢しないようにしようとか、やってるじゃん。そういう管理の仕方は、別に駄目とか危険とか思わないけど。

 

A:確かにねぇ。やっぱりじゃああれかな。身体の声を聴くとか、身体の波とか、ホルモンのバランスとかを知ったり、管理したりするのは全然いいことだと思う。

 

B:…けど?

 

A:…だけど、やっぱり「あれもこれもホルモンのせいだね」ってシス男性たちが言ってきた歴史あるじゃん。

 

B:なるほど、馬鹿なシス男性はいる。ペニス原罪論(ペニスがあるせいで男性は生まれつき悪者である、といった極端な考え)的な。

 

A:そうそう。そういうのも含めて。男性は、ペニスと金玉がある以上は、定期的に女性を襲いたくなるものです、みたいなゴミ発想を正当化するのに使われたら嫌だなって思っただけ。

 

B:私そんな馬鹿どもとは同じに思えないけど。

 

A:そうだね。ほんとは全然違うよね。

 

B:客観視するための材料だとしか思ってない。でも確実にある。ホルモンによる身体の波。

 

A:うんうん。

 

B:なんかさ、それってさ、ペニス原罪論的な人たちは思考を停止するために使ってるじゃんか。

 

A:うん。そうだね。

 

B:判断材料の一つとしてではなく、ね。それでさ、逆に、身体を無視して「男らしさを考えよう」って言ってる人は、身体を無視してる気がするから。大事なのはどちらもでしょう。

 

A:そうだね。男性らしさとか男性性とか考えるときに、身体のことを無視するのはいけないはずだよね。そうして身体を見てこなかったこと、無視してきたことも、また悪い男性性の歴史のひとつなんだろうし。

 

B:なんかさ、そういう悪しき男性ってのは、女性に対しては急に身体が登場して「イライラするのは生理のせいだろ」とか「妊娠出産する身体だから仕事に就かせない」とか言うくせに、一方で自分の身体については無視して、差別のために都合よく使い分けてるんだろう。ダブルスタンダードじゃん。ごめん、つまんない話になっちゃった。

 

A:いや、つまらないけどその通りだと思う。でも、もしわたしがシスの男性で、リベラル男子で、男らしさについて考えよう、とか言ってるタイプだったら、

 

B:…想像つかない?

 

A:うん、想像つかない。男性性とか男性的な振る舞いとかの原因のひとつに、男性ホルモンの影響がちょっとでもあるのかもしれない、みたいなのは、怖くて口にできない。

 

B:え!?なにが?なんで?

 

A:だってそれは、さっきから言ってるように、差別の正当化に聞こえそうだもん。

 

B:それはさ、自分がまるで男性の代表であるかのように語っていることが問題であって、自分のストーリーを分析する分には全く問題ないと思う。

 

A:なるほどね、そこか。

 

B:使い方だよ。

 

A:はいはい、そうだよね。

 

 

【ホルモンと性欲の変化】

 

B:ホルモンによる性欲の質感の違いについて話してもいい?

 

A:いいよ。

 

B:あかりさん的には変化がないだろうけど…

 

A:ないね。性欲自体がゼロからゼロだから。でも、いいよ喋って!

 

B:女ホルと男ホルで、性欲の質に変化があった。性欲の強さというよりは、質。

 

A:ほぇぇ。

 

B:例えば紙を想像して欲しい。表面がでこぼこしてる紙と、つるっつるでさらーっと触れるシルクのような紙があるとして、そこにインクを垂らすの。インクを垂らすと、ざらざらした紙と、つるつるした紙では、インクの広がり方が違うんじゃないかって思うわけ。つるつるした紙は、流れるんじゃなくてインクをはじくんじゃないか。性欲って一言で言うけどこんな感じで質が違うんじゃないかって。これは性欲の強弱じゃなくて、質なのよ。

 

A:ほえぇぇ。

 

B:紙の例で言うと、ざらざらした紙にインクを流しているのが女ホルだとすると、そこにインクが留まっていて、ばーっと広がりはしないけど、うまくそこに留まっている。つるつるした紙のインクを垂らすと、しゅっと通り抜ける感じ。

 

A:それが男ホル?

 

B:なんかイメージね。

 

A:うんうん。でも面白いよ。

 

B:つるつるした紙は、分かりやすい男ホルの性欲の通り抜け。それと、あるのかないのかわらかないけど、確実にある女ホルの性欲。

 

A:ふぅーん。わたしがよく見るMtFのYoutuberさんとかも、性欲の質の違いについては話しているよ。みんなね、男ホル優位だったころは、一発抜きたい!って感じだったみたいだけど、女ホル優位になってからは、誰かと繋がりたい、っていう風になったってさ。

 

B:あぁ、わかる。

 

A:分かるんだ!

 

B:超わかる。あと「イク」って言葉とか、腰振るみたいな感覚、男ホルでしか生じてない。AV女優さんが「イクイク」って言ってるけど、あれは男ホルの感覚で男性の製作者が言わせてるんじゃないかって思う。女ホルでそんなに「イク」って感覚あるのかな。男性の文化から持ち込まれてるんじゃないかっていうフィクションぽさがある。そんなのなくても、女ホルには女ホルの気持ちよさがあるし。

 

A:ふーん。MtFさんでも言ってる人いるね。尖った山から一気に転落というか、飛び出すのが男ホル的な「イク」で、なだらかな山を登っていくのが、女ホル的な「イク」。ただし、山頂から落ちたりはしない、みたいな。

 

 

B:男ホルの「イク」は排便のすっきり感で、女ホルの「イク」は排尿のだらだら感。

 

A:…

 

B:どっちも、ある程度すっきりするでしょ。でも質が違うよね。

 

A:どっちも排せつじゃん(笑)

 

B:例えがいまいちだったか…?

 

A:でもふつうに気になるんだけど、性欲ってさ、セックスしたい欲求と、射精!発射!イク!みたいなのをしたいっていう排せつ的な欲求とさ、両方あるの?

 

B:どっちもあるんじゃない?両方兼ねて望むタイミングもあるだろうけど。

 

A:オナニーは後者だけ?

 

B:私の認識ではそうだけど、そうじゃない人はいるだろうね。他の人間の身体でオナニーしたいとか、他の人がいるところでオナニーしたい人もいるだろうし。ただ、その辺は女ホル男ホル関係ないのかも。でも私にとってはオナニー欲求は男ホルで主に生じてるかも。

 

A:へぇぇ。

 

B:男ホルで精子作られるから出さないと、っていうのは、シス男性も認識してるんじゃないかと思ってる。トランス男性だと、出す精子自体はないんだけど、なんか出さなきゃっていう欲求は男ホルによって生じてると思う。

 

A:そうなんだ。

 

B:何か出してやらないと、身体に溜まってしまってるっていう感覚は、トランスの人でも男ホルによって生じてると思う。精子ない人でも。

 

A:なるほどね。ありがとう。わたしもセックスしててイクときあるけど、あれは全然なんか「出してる」感じないわ。

 

B:ふーん、なんなんだろう。

 

A:うまく言えないけど、お尻から脳天に向かって、電気の槍で上向きに刺されてる感じ。

 

B:それは性欲とは呼ばない、別の衝撃なの?ホルモンとも無関係?

 

A:よく分からないが、わたし的には「性欲」ってのは、なんかムラムラとか、エッチなことしたいとか、そういう感情なのかなって思ってる。そういうのはね、ないね。皆無。でもセックスしてて、今だけど、イクときは、そういうムラムラとかなしに、いきなりバチーンみたいな感じ。なにかが発散されているという感じでもないな。

 

B:しゃっくりみたいな感じ?

 

A:例えが幼い。

 

B:ははは(笑)

 

A:まぁ、そうかもね。でもしゃっくり…、でもないんだよなぁ。でも近いか。嘔吐や排せつよりはしゃっくりに近いわ。何も出てないし。ごめんこの話はもういいや。

 

B:ホルモン関係ないところまで話がいったね。

 

 

 

あかり&あきら対談「身体の性ってなんだろう?」2

初出:2023年5月7日

https://ichbleibemitdir.wixsite.com/trans/post/what_is_sex2

 

前回の対談に引き続き、「身体の性ってなんだろう?」と話し合います。

 

A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー) 

B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)

 

 

【脱毛しようとしたら】

 

B:あかりさん、最近脱毛してるんだって?

 

A:急にプレイベートやめて。去年はトランスだって理由で脱毛サロンに入会拒否されたんだから。

 

B:ひどいね、ほんとひどい。今回あれでしょ?逆に「理解を示された」んでしょ?

 

A:そうだね。やっぱ女性ホルモンの注射から、脱毛のやつをやるまでは何日か空けた方がいいみたい、って分かったから。ちゃんと言ったのね。昔は男の人やってましたけど、今はこんな感じで、ホルモンやってますって。そしたら言われたの。「そういう方って美に気を遣ってる印象があります!お客さんもそうなんですね」って。

 

B:イメージがIKKOさんなんだ。

 

A:ほんとにそう思った。トランス女性っぽい人って、なんか美容のスペシャリスト的な感じというか…。

 

B:メディアの弊害だ!でもさ、トランス的に言うと、性別移行ゴリゴリ始める前に男として脱毛サロン行っておく人が多いのかなぁと思ってた。トランスジェンダーになると扱われ方が想像できないし面倒そうだから、移行前のシスの人間として、それこそトランス女性だったら(シスの男として)脱毛行くとか、トランス全般だったら生命保険に入っておくとか。

 

A:ふーん、そうか!気づいてなかった。わたしもともと毛も薄いし、顏周りの髭も、適当に抜いていれば済んだタイプだから、トランジションのためにまず脱毛!って発想なかった。

 

B:かわいそーー、って思っちゃった(笑)。私は今、ヒゲの育毛してるからさ。

 

A:してるね。あごヒゲが生えてきてるもん。よかったね。

 

 

【前回の振り返り】

 

A:ところで、前回の対談、やってみてどうだった?

 

B:思いもよらぬ方向に話が進んだね。充実してた。

 

A:というと?

 

B:私は男性化を怖がってたというよりは、トランスの男性になることに対して、怖さやプレッシャーがあったんだなぁとか。シスとトランスの身体って、そんなに変わってないのに多分シスの人はめちゃくちゃ遠いものとしてトランスの身体を捉えてる、とか。

 

A:うん。

 

B:身体を変えるって言った時に、減らしたり切除したりって言うマイナスの方向と、発達したり付けたりって言うプラスの両方あるけど、特例法では前の性別の特徴を取り除くっていうマイナスの方向ばかり要求されてて変だよなとか。そんな感じ。

 

A:ふむふむ。面白かったよね。いろいろ分かって。でさ、わたしはやってて気づいたんだけど…

 

B:なにを?

 

A:やっぱり、私たち今ではこんな感じで移行後の性別で馴染んじゃってるけどさ、身体との付き合い方とか、向き合い方って、私たちの間でも違ってたんだなぁって、改めてさ、気づいたの。

 

B:なるほどね。

 

 

【性別を変えるとき最初に何をする?】

 

A:わたしはどっちかというと、身体のせいで男をやらされてるって、思ってなかった感じだからさ。

 

B:あー、意外!うん。

 

A:実際、性別移行するときも、ホルモンとかオペとかなしで、女性っぽい感じでパスはしてしまってたからさ。

 

B:不思議だなぁ、不思議だなぁ。

 

A:そうなの。だから、「この男の身体のせいで…!!」とか、たぶんMtFの人にありがちなというか、そういう身体との悩み方、してこなかったんだなって、気づいた。

 

B:ふーーーん。ああ。私は、この身体のせいでって、思ってきた方なのかなぁ。というよりあれか、身体に対しての、帰着感、っていうか、自分のものにしてる感じが、全然なかったから、この身体のせいでって意識が薄かったのかもしれないけど、とにかく身体の特徴を変えたいっていうのは、性別移行を志した時からは強く思っていた。

 

A:なるほどねぇ。わたしも、生きていく性別を変えるしかないな、と思ってからは、睾丸がとれるとか、陰茎をとれるとか、顏の骨を削れるとか、いっぱい情報が入ってたこともあって、実際には「やりたい」って思ったし、オペも何個かしてるけど、でも「まず身体」ではなかったんだよね。

 

B:性別を考えるときに、まずどこから考えてたの?

 

A:うーん。空間?というか、コミュニケーション?

 

B:めちゃくちゃあかりさんらしいわ。

 

A:そうだね。うーん。例えばさ、駅で電車を待ってるとするじゃん?

 

B:うん。

 

A:始発駅みたいなところに前は住んでたからさ、その駅を出発する電車に座れるの。でさ、座るために、みんな並ぶのね。ぎゅうぎゅうで、始発電車を待つの。その時にさ、男の人と女の人で、なんとなく並ぶ場所が違ったりとか、人の距離が違うとかあるの。

 

B:具体的に。

 

A:えーー!?なんで?わかんない?違うじゃん、男女で。占めていいスペースとか、誰の隣にはどんな人が並んでいいとか、どこに座った方がいいとか、どの列が女性が多いとか、全然違うじゃん?

 

B:ああーーー。男性の方が占めているスペースが大きいし、他者もそう見なしているとか、女性同士で近くに待ちやすいとかか。ぶっちゃけ私自身はその空間を乱してと言うか、わりと無視して存在することもあるかもしれないなぁ。

 

 

【男女で空間の使い方が違う】

 

A:はは(笑)。そうだよ、昨日だってさ、アウトレット行ったじゃん。

 

B:うん。なんか気づいた?

 

A:うん。わたしが女性用のブラを見てて、あなたも近くにいてさ、わたしがブラを見るのを飽きて、別の棚に行ってたんだけど、てっきりあなたも付いてきてると思ったら…。

 

B:まだブラを見てた?

 

A:そうだよ!びっくりした!!ほんとに!もう、なんで!ってなったよ。

 

B:男ひとりでブラを見てる、と(笑)。今のブラってこんなに生地が薄いのかなとか、ワイドサイズは隣と何が違うのかとか、見てた。

 

A:も~、やめてよ!ほんとに、となりに40代くらいの女性がいたんだけど。

 

B;人いるな~としか思ってなかった。

 

A:ありえないよぅ…。その人もちょっと不審そうにしてたよ?

 

B:気づいてない…。

 

A:すごいよ、わたしからしたら。わたしにとって性別移行の始まりで重要だったのはさ、そういうのだから!

 

B:私は始まりから不合格だ(笑)

 

A:そうだよ、びっくり。

 

B:ははははは(笑)

 

A:見えてないんだね、と思った。どの空間を、男性と女性で、どっちがどんな風に使っていいか、占めていいか、どんな距離感だったら、みたいなのとか。

 

B:めちゃくちゃ面倒くさいね。言い訳じゃないけど、私は一人だったらブラジャーを見てないんだけどさ、その空間にいたら、構造はどうなってるんだろうとか、物自体への関心から見ることはあるよね。

 

A:いや、わかるけどさ、興味湧くのわかるけどさ。

 

B:女性のモノには興味ないんだけど布の性質とかには興味が。広告の仕方とかね。ワイドサイズなのに隣のと変わらなかったら「表記ミスじゃね?」とか思うじゃん。

 

A:えぇぇ。信じられないな、わたしには。逆にすごいと思う。よくそれで性別移行できたね。

 

B:(笑)。逆に言うとさ、昔私が女子やってた時にさ、なんとなーく、男子の輪の中にいられたの。「なんとな~く」いられちゃうのよ。

 

A:はいはいはい。そういうことよ。

 

B:どういうこと?

 

A:わたしはその「いられちゃう」状態を、わざわざやめなければいけなかったの。女子の中に「いられちゃう」状態だと、いじめられるのね。だから、なんでいじめられるんだろうって一生懸命考えてさ、「そうか、男子と女子で、空間の使い方とかコミュニケーションの仕方にルールがあるんだ。わたしは『男子』にならないといけないから、生きていく空間の使い方を変えないといけないんだ」って、必死に考えたの。

 

B:あ、思い出したわ!私は混乱を生むことがあったみたいなんだけど、私自身は気づいてなかったんだ。身体(の差異)には敏感なんだけど、空間の使い方とかコミュニケーション方法に差異があることに気づいてないから、混乱を生むの。私ひとりが男子の中にいると、男子からモテたいんだと思われたりとか、近い距離にいる男子から私が好意を寄せられたりとか。それで、周囲が戸惑う。

 

A:そうそう、それ。学校だとやっぱり、異性愛がきついから。男女は分かれてないといけないんだよ。でね、わたしは女性に性別移行するときに、考えたの。昔わたしが「やめた」はずの、空間の使い方とか、コミュニケーションのやり方を、取り戻さないとって思ったの。「男」として空間を占拠しないといけなかったり、「男」としてコミュニケーションに参加させられて、社会的に生きていくのはもう無理、死ぬって、思ったの。これが、わたしにとって性別移行のスタートで何よりも重要だったことなの。

 

 

【ブラジャーはただの布ではなかった】

 

B:へぇ~~。私も男になったらちょっとは弁えさせられたと思ってたけど、さっきのブラジャー見てるとかは起こってしまうのね。ただの布じゃん!

 

A:ただの布だよ!でもただの布じゃないの!

 

B:はは。女性向けの布なのね。

 

A:それだけじゃないの!

 

B:女性が周りに寄っていい、女性向けの布なのね。

 

A:それも違う!

 

B:なんなの?

 

A:男性が性的欲望を向ける布だよ!

 

B:えぇーーー!気持ちわる!気持ち悪い!

 

A:ははは(笑)。だからそうなんだって。男性から女性への意味わからないくらいの欲望が是認されてて…

 

B:それって男性の欲望すごくない?布じゃん?中身なんもないのに、布に興奮するって。確かに、森岡さんの『感じない男』にも書いてあったんだけど、私は女性に欲望してるんだろうか、スカートに興奮してるんだろうか?って問い。

 

A:うんうん。いやね、もちろん売り場のブラジャーに興奮してる人は少ないと思うんだけど、ブラジャーの売り場にいる女性からしたらさ、男性がひとりでブラジャーを見てたら、ちょっと怖いというか、警戒するというか、やっぱその行動を「性欲」によって解釈したくなる気がするの。例えばこういうのが、わたしが「空間」ってことで言いたいこと。男性と女性でさ、通っていい「通路」というか「穴」が違ってるって、往復書簡(埋没した世界)で書いたこと。

 

B:あ~、私がパッと理解できなかったやつね。

 

A:そうだよね、あんなに分かりやすく書いたのに。

 

B:こんなに分かりやすく書いてもらったのに理解できないのは、私は理解していないのかもしれませんって、私は書いたよね。

 

A:そうだね、書いてたね。そんでさ、真面目な話?なんだけど。

 

B:これまでは不真面目な話…?

 

 

【男性身体に驚いているのではない、男性に驚いているのだ】

 

A:そうね、あなたの鈍いエピソードね。真面目な話さ、「女性の身体」と「男性の身体」って、それが「女性『の』身体」だったり「男性『の』身体」だったりするから、初めて意味を持つ言葉だと思うんだよね。

 

B:ああ。つながったわ。「女性のブラジャー」という布自体は、何の意味もないんだけど、「女性」『の』「ブラジャー」だから、興奮対象になるし、男は近づいちゃだめって話だよね。違う?

 

A:あってる。あってるけど、一回ブラジャーから離れて。

 

B:続きをどうぞ。

 

A:うーんと、あんまりこういう話はしたくないんだけど、トランス差別する人たちがさ、「女子トイレに男性の身体がいたら怖い」とか、よく言ってるじゃん?

 

B:「男性の身体」と「男性身体」は同じ意味?

 

A:うん、どっちでもいいよ。それでね、そういう人たちはもちろんさ、わたしみたいなMtF(トランス女性)のことを、「男性身体」の持ち主だって、まぁ考えてるわけね。

 

B:そうみたいだね。

 

A:でもね、これは他のトランスの人が言ってたんだけど、女子トイレで私たちが目撃しているのは、「男性」だと思うんだよ。「男性身体」じゃなくて。

 

B:はいはいはい、その違いは。

 

A:うーーん。上手く説明できるか分からないんだけど…

 

B:あっ!“あきらさんが目撃してたのはブラジャーだと思うんだよ、布じゃなくて”ってことか。

 

A:おぉ。うん、たぶんあってるのかな?でもいいから、一回ブラジャーから離れて!

 

B:…。

 

A:例えば女子トイレにいたとしてさ、個室から出てきてそこに男性がいたら怖くない?びっくりしない?清掃員さんとかは除く。

 

B:あぁ、そりゃびっくりするわ。てか男子トイレに女性がいたことがあったんだけど、すごくびっくりしたわ。

 

A:うんうん。びっくりするじゃん?でさ、たぶんさっきの、トランスが嫌いな人たちの「男性身体が…」とか、言ってる人たちが想定してるのって、そういう状況なの。

 

B:(怖いのは、女子トイレにいる)男性なんだ。

 

A:そう。男性なの。だから、女子トイレに男性がいたら怖いっていうのは、そりゃそうだと思うのよ。わたしも怖いよ。

 

B:私も怖い。

 

A:だからさ、ようするにそれだけの話なの。女子トイレに男性がいたら怖いですよね、終わり。みんな否定しません。終わり。でもそれは、トランス女性とは別に関係ないの。

 

B:関係ないね。

 

 

【トランス女性は「男性身体」という雑イメージ】

 

A:そうそう。なんか、トランス女性はみんな「男性身体です」っていう、何を言っているか曖昧な主張があって、その話と、「女子トイレに男性がいたら怖い」っていう恐怖がくっついてて、「女子トイレに男性身体がいたら怖い(、だからトランス女性がいたら怖い)」みたいな結論にされてるんだけど、なんか論理がめちゃくちゃなんだよね。

女子トイレにいたら怖いのは「男性」なんだよ。そして、現実にはもう「男性」でなくなっているトランス女性はたくさんいる。だから、そういうトランス女性と女子トイレで遭遇したところで…。

 

B:「女性の身体だなぁ」って思うだけってことね。

 

A:そういうこと。女性がいるなぁ、で終わり。もちろん、私たちは身体をもってるからさ、女性がいたら、「その女性の身体」があるし、男性がいたら「その男性の身体」があるし。仮に男子トイレでいきなり女性と遭遇したら、「(身体のある)女性がいた」ってなるのは事実なんだけど。でもそれってようするに、身体そのものに性別があるってことじゃないんだよ。わたしの言いたいこと伝わってるかな?

 

B:あぁ、布そのものに「性的なブラジャー」っていう意味があるわけじゃないのと同じだ。

 

A:ブラジャーで喩えないでよ…。いや、たぶんそうなんだけどね。

 

B:え?

 

A:いいよ、ブラジャーで説明するよ。

 

B:ははは。あかりさんが折れた。

 

A:ブラジャーは、あなたが言う通り布なの。でも私たちは、アウトレットの洋服屋さんで「布」を見てるわけじゃないの。「ブラジャー」を見てるの。

 

B:あぁ、めちゃくちゃ分かったわ。製造工場で布を見たら「布だな」って思うんだけど、アウトレットの洋服さんで同じ物を見たら「ブラジャー」なのね。

女子トイレもそうで、利用者がいたらその人のことを「女性の身体」ってジャッジしてるはずなのよ。その輪を乱すような、明らかな「男性」がいたら、女子トイレに男性がいる!ってなってるかもしれないけど、別にその人の身体のことから逆算して「男性だ」って判断してるわけでもないし。

 

A:うんうん、かなりいいと思う。そうそう。そうだね、例えば、なんかのボディビルの選手が使うような胸のバンドがあったとする。

 

B:ほうほう。

 

A:それで、仮の話だけど、そのバンドは男子選手が主に使うやつで、綿でできてるとする。その胸バンドは、基本的にはアウトレットのスポーツショップに置いてあるのね。

 

B:はいはい。

 

A:それとは別に、ふつうにブラジャーがあるとして、これはナイロン製の布でできてるとするね。これは、じゃあアウトレットの下着屋さんで売ってるとする。

 

B:メンズとウィメンズで分かれてそう。

 

A:そうそう。それでね、もし綿でできてる(男子選手向けの)胸バンドが、女性用下着のコーナーに混じってたら、たぶんおかしい。みんなびっくりする。でも、その胸バンドの形状が、他のブラジャーと同じで、ようするにブラジャーとしてきちんと使えるものだったら、誰もその下着コーナーにあってもびっくりしない。

 

B:トイレの説明を下着コーナーに喩えさせられて可哀そう(笑)。ようするに素材がなんであるかは問題でなくて、その場に馴染んでるかどうかが問題ってことだ。

 

A:そうだよ。わざわざこんなたとえ出さなくてよかったかも。まぁ、とりあえず最後までしゃべると、結局胸バンドとして工場で生産されたはずの綿でも、ブラジャーみたいな形状になって、ブラジャーとして売られたら、それはもうブラジャーなの。それでね、おそらくそこに来たお客さんは、売り場のブラジャーが「ナイロンででてきてるのか、綿でできてるのか」っていうのは、そこまで気にしてないのよ。

 

B:私は賢いから分かった。トイレの話に戻そうか。

 

A:うん。

 

 

【身体の性別より先に性別は判定されている】

 

B:トランスヘイトの文脈では、「トランス女性は男性身体だ、女子トイレにいるべきじゃない」って言われている。でも実際は、そんな風には運用されていない。トランス女性が女性として女性トイレにいることは何にも問題がない。それだけ。それを見て「Y染色体だ」とか「骨格が男性の平均値だ」とか言われることはなく、「女性がいます」で終わり。そこにあるのは「女性の身体」です、で終わり。

 

A:うん、そんな感じ。私たちは、まず最初に「胸バンド」なのか「ブラジャー」なのかを見ているし、「胸バンドがブラジャーの棚にあったらおかしいな」とかは分かる。それと同じように、女子トイレで…

 

B;あなたがアウトレットの話をするからいけないと思います!

 

A:いや、もうあなたが始めたんだよ!この比喩は!え~と。それで、同じように、女子トイレで「男性」を見て怖い時に、私たちが見てるのは「男性」なの。その人が生まれたときにどっちの性別を割り振られたとか、下着の中身とか、見てなくて、「男性」がいるから怖いのだし、その人が「男性」に見えるから、そこに「男性身体」があるって、判断してる。つまり、「身体の性別」よりも先に「性別」は判断されてる。

 

B:「生きている性別」とか「生活上の性別」が何かってこと。

 

A:そうそう、そういうこと。その、「生活上の性別」が「男性」なら、その人は「男性身体の持ち主」に見えるのだし、「生活上の性別」が「女性」なら、その人は「女性身体の持ち主」に見えるのだし。

 

B:うん、実体験からも分かる。

 

A:でしょ?だから、そういう「生活上の性別」より以前に、なんか「身体の性別」っていうのを独立に考えられるっていう発想が、そもそも意味わかんないと思うんだよね。

 

B:みんながみんな解剖学者じゃないんですから。

 

A:そうだねぇ。ほんとにそう。この「生活上の性別」っていう概念を、たぶんシスの人たちは持ってないせいで、トランス女性は「男性身体」です、っていうところから一歩も動けなくなる人がいるんだと思う。身体の性別っていう、雑な概念から前に進めない。

 

B:そうね、「書類上の性別」とかもあるし。

 

A:そうだね、性別ってめっちゃややこしいもんね。いろんな次元がある。だからさ、何が言いたかったかというとね、「生活上の性別」を移行したら、「身体の性別」も移行してしまうんだよ。実際、いまわたしは駅でも職場でもアウトレットでも、女性トイレを使って生活してるけど、誰かがトイレでわたしを見ても、誰もびっくりしない。「女性がいるな」で終わりなの。要するにわたしはトイレの中にある「女性身体」の1つにカウントされて終わりなの。「身体の性」についてのこういうリアルが、シスの人には全然分かってない。

 

B:うん、分かるよ。女子トイレに「女性がいるな」とすら思われないよね。「人がいる」で終わりだね。でも「男性」がいたら「男性がいる」あるいは「不審者がいる」となる。

 

A:そうそう。だから、差別っぽい話につなげると、「トランス女性は男性身体だから女子トイレにいたら怖いです」っていうのは、全く「性別」のリアルが分かってないなと思う。

 

 

【性別移行は地味】

 

B:リアルな話をするとさ、性別移行には順序があって、「私はトランスジェンダーなんだな、女なんだな」って気づいたとして、その人が女子トイレを使えるようになるかというと、なかなかそうはいかなかったりする。日常生活の、性別分けされていない空間から、女としてパスするにはどうすればいいかと考えていると思う。トイレ以外の空間でも女扱いされるようになったなと分かれば、ようやく女子トイレを使うようになるかもしれない。

公衆浴場もよく話題に出るけど、あれなんかトランジションの最後の一手みたいなもんじゃん。突然、ふだん使ってない方の風呂に入ろうって、チャレンジングなこと誰もしないよ。それはトランスジェンダーとか関係なく、めちゃくちゃチャレンジングな人じゃん。

 

A:チャレンジだね。実際、私たちがもしトイレとかお風呂とかで誰かに通報とかされたりしてさ、痛い目みるのは私たちじゃん。

 

B:うーん、逆にさ、トランス男性の場合、「きっとまだ自分は男のトイレを使えないな」と思って女子トイレを使い続けていたら、そっちで通報される、っていう。何度か見聞きしたことがありますが。

 

A:そっちの方がありそうだね。「警備員さん!トイレに「男性」がいます!」って通報されてんのかね。きっとその人はそこで「男性」に恐怖したんだろうね。いずれにせよ、性別移行って、生活上の地味~なところで、ちょっとずつ自分の性別を変えていって、ちょっとずつ、自分が見なされる「身体の性別」を変えていく作業なんだよね。

 

 

【血管が浮き出ること】

 

B:身体の性別の話で、かつ地味な変化で言うと、私は腕の血管が浮き出たことがすごくうれしかったな。

 

A:うんうん。

 

B:でも、そんなこと報告する相手もいないじゃんか。シスジェンダーのとっくに大人になってる人には関係ないことだし、トランスジェンダー同士でも、みんな変化の速度はばらばらだし。だから、たった一人で思春期を迎えないといけない。それは、かつての全く望んでなかった思春期とは違って、歓迎すべき思春期なの。念願の。だから血管が出たときはすごくうれしかった。でも、血管が出てるか出てないかって、「男性であるかどうか」の基準としてそこまでは重視されてない。私にとってはめちゃくちゃ嬉しい「男性の証」に思えたわけだけど。

 

A:あきらさん、血管好きだよね。

 

B:よくうっとりしてる。

 

A:わたしは、血管はどっちかというとコンプレックスだからさ。手の血管とか、他のシスの女性より浮いてる気がするし。

 

B:年配の女性は浮いてるから気にならないよ。

 

A:そうそう。この前電車に乗ってて、座ってたんだけど、真ん前に立ってた40歳くらいの女の人の血管がわたしよりも全然浮いててさ。

 

B:あるあるだ。

 

A:そうだね。ずっとコンプレックスだったけど、こんなにコンプレックス感じなくてもいいのかなと思った。

 

B:それはどうして?

 

A:だって、シスの女の人でも、同じような血管の人がいるんだもん。

 

B:それ、コンプレックスだったっていうのは、シス女性的でないから?あるいは男性的だからコンプレックスだったってこと?

 

A:うーん、どっちもかな?

 

B:いや、血管が出てること自体の価値判断はどうだったのかなって。

 

A:血管が出てること自体は、別になんともないよ…。

 

B:なんだ。

 

A:手の甲って、生活のうえで隠せないのよ。オフィスでもキーボード叩かないといけないし。どうしても外に出ちゃう。その、他の人に見えてる身体の部位で、トランスっぽさがばれないか不安だから、血管ひっこんでほしいなって思ってただけだよ。

 

B:トランスっぽさっていうか、加齢の象徴みたいな印象。

 

A:でも、そういうことだと思った。わたしが「女性」として見えたいって思ったりとか、コンプレックス感じたりとかするときに、誰と比べて自分の身体を気にしてるかっていうと、めっちゃ「若い女性」なんだなって、気づいたの。

 

B:あ~。悪いやつね。世間の悪い風潮ですよ。

 

A:うん。そう。「女性の身体」ってなって、わたしも結局は、「若い女性」の身体に近づきたいって思って、実際にはそこまで年が離れてない40代くらいの女性の身体すら、見てなかった。だから、加齢で血管が浮き出てくるって当たり前のことすら気づいてなかった。

 

B:なんかむなしいね。

 

A:うん。空しい。トランスであるわたしですら、すごい「女性の身体」について貧しいイメージしか持ってなかったんだなって。

 

B:女性とされてきた人たちも、時代や地域によってバラバラじゃん。

 

A:そうだね。「身体の性」対談の前半で、そういう話したよね。わたしの「女性身体」は、めっちゃ…

 

B:金で作られてる。

 

A:言わないでよ。いま言おうとしてたんだから。

 

 

【太ること、鍛えること】

 

B:私、最近気づいた話していい?

 

A:いいよ。

 

B:太ることについて。昔は、太ってしまったら丸みがついて、女性的な身体に戻されてしまうっていう危機感を持ってたわけ。でも今では、太っても小太りのオヤジになるだけだから、安心して太れるなって思った。

 

A:わかる…!往復書簡でも書いたけど、わたしも昔は、ジムで身体とか鍛えたら、筋肉質な「男性的な身体」になってしまう、とか怯えてたんだけど、完全に間違ってた。わたしがマッチョになっても、マッチョな女性になるだけだった。男性と女性の筋肉の平均を比べたら、確かに男性の方が筋肉量が多い傾向なのかもしれないけど、でも「筋肉質であること」っていうのは、別にそれ自体が男性的な特徴ではないんだよね。

 

B:はいはい。なんかね、私の場合は、筋肉質かつ男性である状態が、自分の望ましいフォルムだと思ってる。でも「筋肉質な女性」か「貧相な男性」だったら、「貧相な男性」の方がマシなのかもしれないね。

 

A:ふんふん。

 

B:フォルムとしては「筋肉質な女性」の方が近いのかもしれないけど。なんとなくそっち(貧相な男性)を選びそう。

 

A:はいはい。実際のフォルムとしては、「筋肉質な男性」に近いのは「筋肉質な女性」だけど、でも、あきらさんはそれよりも「貧相な男性」を選ぶってことね。ふーん。

 

 

【原点はなんだ?】

 

B:わかんない、私はさ、性別における距離の使い方とかコミュニケーションとか意識してなかった。ただただ身体を変えたかっただけ。

でも、身体を変えた結果、社会的な性別まで変えざるを得なかったわけ。社会的な性別まで変えられてしまった結果、そこまで悪くなかったなと。現在社会的な男性として存在させられてしまってることにもそこまで忌避感はない。だから男性でいいか、と。社会的な性別移行はおまけなの。「トランス男性ということなら、男性扱いされたいんですよね」みたいな配慮、もともと気持ち悪いと思ってたし、カミングアウトしないといけないときでも、「男性扱いとかしないでいいんで」とか言ってしまいがちだった。でも身体的に男性みたいに存在してしまった以上、男性扱いされてしまうことも免れないから、じゃあ丸ごと、男性に移さないといけないよねと。

 

A:ふーん。わたしとは全然違うなぁ。でも、面白いよ。性別移行を始めたときのあきらさんは、「社会的男性」になりたかったわけでも、「男性の身体」になりたかったわけでもないって、ことだよね。

 

B:そう言われればそうなるね。なんか、乳房をとって、腹筋わって、肩幅広くなって、髭生えたらいいなーとか、ペニスがあったらとか、男性的なフェロモン欲しいなーとか、声は低い方がいいとか、後から後からあった。でもそれが「男性的」であるかどうかは問題ではなかった。

 

A:でも、そういう身体になっていって、「男性」になってみたら、意外とそうやって「男性」として社会的に生きていったり、「男性の身体」として存在させられるのも、意外と悪くなかったって、感じ?

 

B:たぶんそう。てか「男性の身体」扱いされるのは割と嬉しいことだから。

 

 

 

A:なるほどねー。そこは、わたしも似てるかも。性別移行の始まりは、全然あきらさんと違ってて、身体のことをどうにかするよりも、社会的な存在とかコミュニケーションの方から、割と死にそうになって性別を変えたけど、女性みたいに存在し始めたあとに、女性ホルモンして、オペもして、「女性的な身体」になっていくことに、喜びが爆発しそうだった。

 

B:ふふふ。喜びが…。

 

A:そう。なんか、胸のある身体が嬉しいってのは、そうなの。でも、別に、前も言ったけど、男性として社会生活を送りながら、胸が膨らむっていうのは、全然嬉しくなかったと思う。社会的にかなりのていど「女性」になってたからこそ、自分の身体の変化をここまで喜べたっていうのは、感じる。お尻も好き。

 

B:はいはい。私はさ、意味づけというか解釈よりは、その物自体に注目してたんだろうなって。なんかさ、反フェミ的な男性差別論者とか、男性の復権とか言ってる人もいるんだけど、その話を聞いた時、そうしたアホな解釈そのものというより、具体的な解決すべきことがあるなら考慮すべきだと思っちゃったわけ。例えば「男性の自殺率が高いんですよ」とか「父親として存在したい欲求」とか、「戦争中にたくさん死んでる」とか、そういう話を男性差別の具体例として上げてる人がいるとき、それはそれで関心をもつべきだなと思った。もともとの動機としては、フェミニズムへの反発からぐちゃぐちゃ言ってる人も当然いるようだけど、それはダメって思う以上に、「じゃあその"男性"っていったい何だっけ?」「何をさせられてるんだっけ?」というところに関心が行ってる。

 

A:うん。応援してる。

 

B:それは「男性」としてカテゴライズさせられる以前の「肉体そのもの」に関心をもってることに通ずると思うんだよね。

 

A:そうなの?

 

B:まぁ、この話はもういいや。

 

A:また聞かせてね。そろそろ終わりにする?

 

B:いいよ。ただ、シスジェンダーに対してもだし、男性学にも対しても、やるべきことがあまりにも多いし、語られることがあまりに貧しくて雑だから、大変だなぁって思ってる。

 

A:そうだね。げっそりだよね。

 

B:うん。

 

A:ちょっとずつ言葉を増やしていくしかないのかしら。お疲れさまー。

 

 

あかり&あきら対談「身体の性ってなんだろう?」

初出:2023年4月28日

https://ichbleibemitdir.wixsite.com/trans/post/what_is_sex

 

今回、五月あかりと周司あきらの二人で話し合うのは、トランスジェンダーを説明する時に使われがちなフレーズ「身体の性」っていったい何だろう?という疑問です。

 

A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー) 

B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)

 

 

【ホルモンの地味な変化】

 

B:あかりさん、最近冷え症なんだって?

A:そうなの。指先とかキンキンに冷えちゃう。前はこんなじゃなかったのに。

B:すっごい女子のふりされるから、どうやって突っ込んだらいいか分からない(笑) 。

A:いや、女子だから!女子だから! (※しいて言うならあかりさんはノンバイナリーです。)

 

B:女ホル(女性ホルモン)のせいやろ。

A:そうだね。女ホル始めてからだね。こんなに手先や足先が冷えるようになったのは。前はこんなに冷えなくて、身体の内部からの熱エネルギー?が指先まで届いてたんだけど、女ホル始めてから熱量が減って、その分すぐに冷えやすくなったと感じる。

 

B:理科みたい。逆にわたしは男ホル(男性ホルモン)で熱を得ましたからね。

A:ほー。

B:『男らしさの歴史』にも書かれてたけど、「男らしさ=熱」!って考えられてたこともあるってさ。

A:へー。熱ねぇ。じゃあ女性は冷めてるってこと?

B:二人の体感的には、エストロゲン(女性ホルモン)が多いと冷えがちってことだよね。

A:そうね。間違ってはない。マジな話、平常時の体温も0.5~1°C弱くらいほんとに低くなったよ。

B:あ!なるほど。あの、男性のリクエストに応えてエアコンの温度を下げると、同じ部屋にいると女性が寒がるみたいな話、本当にそういうことなのね。

A:いやー、たぶんそれはマジ。もちろん、寒い暑いは個人差あると思うけど、やっぱテストステロン(男性ホルモン)を身体に持ってる人たちは、熱量が高い気がするよ。自分でもほんとにそれは感じる。

 

 

【肌が白くなった】

 

B:いやぁ、『ウィッピング・ガール』のセラーノさんも書いてたけどさ、性別を規定する時に「社会的に構築されています」っていう考えと、「生物学的に決められています」的な考え、まあその表現は正しくないかもしれないけど、どっちもあるていど正しいし、どちらかだけで性別が成り立ってるじゃないよー、っていうのは、読んでて「分かる」って思った。

A:そうだよね。まあ多分、性別が社会的に構築されてます、って言ってる人たちも、女ホルを多くもってる人たち、つまり女性たちの身体の状態と、男ホルを多くもってる人たち、つまり男性たちの身体の状態が同じだ、とは多分言ってないとは思うんだけど、トランスして、ホルモンとか入れ替えたりすると、やっぱりなんか思う所はあるよね。

 

 

 

B:肉体に露骨に違いが出てくるからね。それは変えられるものでもあるし、ふだん扱われるジェンダーと直接結びついてるものでもなく、バラバラに配置されてるものでもある。

A:ごめん、もうちょっと詳しく 。変えられるってところは分かったんだけど。...

 

B:例えば女性ホルモンを多く持っている人は、そうでない人よりも肌が白くなりがちだし、肌が繊細だし、髪がまっすぐ伸びがちだし、体温が低くなりがち。そうした様々な特徴はすなわち「女性として生きてる人」と完全に一致するとは限らないんだけど、ある程度の傾向はあって、身体的な特徴と、特定の性別が紐づけられがちなところがあるのは同意する。

A:うんうん。

 

B:でも肌が白い人ならば女性です!とはならないし、そもそも性別自体が適当に作られてるものでもあるからなぁ。とはいえある程度、身体的な特徴と、生きてる性別とが結びつく傾向があるのは無視できないよねって話。トランスの人もわざわざ身体的な特徴を変える理由はそこにあるでしょ。社会的な性別、つまり生きていく性別を変えるってことは、身体的な特徴を変えなくても可能だから、すぐにそれとそれがイコールってことにはならないんだけど。

A:なるほどそうだよねー。肌が白いなら女性、ってことにはならないけど、女性ホルモンを多くもってる人は肌が白い人が多いよねー、っていうのはマジでその通りだし。だからこそ、わたしみたいなMtF(男性から女性への移行を経験する人)は、女ホルやって肌が白くなることでパス度が上がったりする。つまり、女性として社会で見なされたり、女性としてその場所で存在したり、ってことが容易になるんだよね。

 

B:そうね、全然男ホルが多い状態で女性としてパスしてる(MtF系の)人もいるわけだけど、なんか身体も無視できないものだよねって話。そもそも性別とすぐさま結びつかないとしても、お腹が減るとか、老いるとか、妊娠するとかも、それぞれ無視できない事柄じゃん。

A:そうだよね、身体は身体であるもんね。

B:そうそう。で、性別について深く考えたことがない人は、どの特徴だったら性別と結びついてて、どれくらい重視されてるのかとか、読む必要がないから読まずに生きてるん

だなーって。

 

 

トランジションはアハ体験】

 

A:あぁ。分かるかも。ていうか、シスの人たち、全然その辺わかってないよね。

B:それはそうだし、私もそう。なんか、女友達(シス女性)に会うたび「あれ、肌白いね?!」って驚いてたんだよ。確かにその人は出生時から女ホルを持ちがちだから肌が白かったんだけど、一方で私は男ホルで肌が赤黒くなってたんだよ。その頃は気づいてなかったんだけど、今ではこれ(肌の色)も性別と紐づけられた身体の特徴なんだなって理解しちゃった。

A:はは。自分の肌が赤黒く変化してるし、それが男らしさと結びついてるってことに、気づいてなかったってことね。それで「あれ、この人は肌が白いなぁ」って女友達を見ながら思ってたんだ。それは面白い。友だちからしたら「お前の肌が黒いんだよ!」ってなるところだね。

B:そうなんだろうけど、その友達は友達で、昔自分と同じように白かった奴(あきら)がどんどん黒くなって男になってるって事実には気づいてなくて、二人の肌の色がどんどん離れてってるのに、お互い鈍いからさ、「あれ?おかしいね」って二人ともなってるっていう。

A:「トランジションはアハ体験」だね!

 

B:そうだね(笑)でもさ、今さ、AVに映ってる男女を観てたら、確かに相対的に男の方が黒っぽいし、女の方が白っぽいの。でも昔は、体格とか性器とか注目してたから、肌の色の違いに気づいてなかったわけ。でも自分自身が変化して、これも性差を構成する一つに見えるらしいと気づいた。

A:へぇ~。そうかぁ。じゃあトランスの人でも、「身体の性差」ってことでどんなことを考えてるかとか、どんな違いの傾向に気づいてるかっていうのは、ほんとに人それぞれって感じなんだろうね。シスの人なら、なおさらだよ。みんなペニスしか見てない。

B:なんか最後ショッキングなこと言わなかった?

A:はは(笑)

 

B:まあいいや。例えば女ホルやってたら爪が柔らかくなるとか、男ホルやってたら耳クソが詰まりやすくなるとか、誰も教えてくれないじゃん?でもシスの人たちも、そうなん

だよ。気づいちゃったの!男性用のグルーミングキットを取り寄せたときに、なんか爪切りとか眉を整えるやつと一緒に、耳ほじるやつもセットで付いてたわけ。こんなの何に使うんだ?って最初は思ってた。でも男ホルやりだしたら耳が詰まりやすくなったと感じて、「そっか、男の人には必要だったんだ」って気づいたわけ。

A:耳クソの変化は、わたしはあんまり個人的には感じないけど、爪は感じる。すごい剥がれそうで怖いもん。男ホルの優位だったころ(睾丸摘出や女性ホルモン投与をする前)は「やばい!爪が剥げる!」とか全くなかったんだけど、最近は段ボール箱をうまく持てなかったりとかすると、ほんとに「爪が剥げそうだった!あぶねー!」ってなるよ。

 

 

 

【女性の胸は購買能力と結びついてしまう】

 

B:かわいそう... 。これまでホルモンの話ばっかりしてきたけど、他の要因で「身体の性」が変わってるって話する?ブラジャーとか靴とか、歩き方とか。

A:いやー、無数にあるよねぇ。

B:なんか、前にあかりさんが言ってた話だと、女性の胸がブラジャーによって作られてる、だから階級によっても胸の形が作られてるって話は面白かった。

A:はいはい。

 

B:お金のある女性は、いいブラジャーを買って、胸を理想とされる形に保てる。でもそうでなくて、貧困だったり、働くので精一杯みたいな女性だと、胸を理想の形に保つってことが難しくなるから、「美しい」とされる規範的な胸からは離れていく、みたいな。

A:そうだね。私自身が女性みたいになって、ブラジャーして生活するようになって、ほんとに感じたよ。どんなブラをしてるかで、結構胸の形って変わっていくんだなって。それでさ、高いブラジャーって高いのよ。

B:そうみたいだね。あんまりこだわりなかった私からすると、詳しいことは分からない

んですけど。

 

A:それでも「元女子」なの?

B:ははは(笑)。こんなもんですよ。言い方悪いけど、私は胸オペ 80万くらいかかったけど、「ようやく粗大ごみ捨てられた」くらいに思ってるから、そんなゴミに高級ブラジャーを買うような無駄なことしなくてよかったってホントに思ってる。

A:粗大ごみはやばい(笑)。まあでも、ごみだよね。あなたからしたら。

B:身体に愛着とか持ってなかったからさ。なんか「不要か否か」みたいな。子宮も卵巣も、使わないならいらないし。まぁそこは金との相談でもありますが。

 

A:話をブラジャーに戻すんだけど、今わたしはトランスジェンダーにしては珍しく、そこそこ安定した仕事をさせてもらってるじゃん。そうするとさ、7000円のナイトブラとか、買えちゃうわけ。詰め替え用が 1500円とか2000円とかするシャンプーやコンディショナーも買えるし、カットとトリートメントで1万5千円とか、美容室で隔月で払えちゃうわけ。わたしの「女性身体」って、購買能力と結びついてるんだよ。

B:金で身体は作れる!!

 

A:まぁ、何が言いたいかっていうと、お金のあるなしで、身体の形自体が変わるってこと。長い髪をキープするには金がかかるし、綺麗なおわん型のおっぱいをキープするにもお金がかかる。

 

B:女性誌の読者投稿に美容の専門家が応えてるみたいだな... 。

 

 

【身体を矯正する】

 

A:逆に言えば、わたしの地元で農業やってた女性たちと、今のわたしは、同じ「女性の身体」って言っても、全然違うんだよね。足の形だって絶対違うんだよ。わたしの足、性別移行してからどんどん小さくなってるもん。先の細い女性用のパンプスとかヒールとか履いてるから。

 

B:足の話をすると、私は私で逆の体験をしてるから「わかる~」ってなった。狭くてほっそい靴を履かなくなったし、男性ホルモンと関係あるのか分からないけど、私の足おっきくなったの。前までメンズシューズは履けないかなと思ってたけど、普通に履けるようになった。「男性ホルモンして足が大きくなった」とかは聞かないから、同じような経験してるFtMがいるかは分からないけど、予想外のところで身体は変わるんだなって。

 

A:それね、前も聞いたんだけど、たぶん足が「大きくなった」んじゃなくて、「大きくなるはずが『女性用の靴』で疎外されていたのが、解除された」だけだと思うんだよね。

B:男になったらコルセット外せた、的な?まあほとんどのFtMは足成長してないみたいだから、私は例外的。

 

A:わたしは足のサイズ1~1.5cmくらい小さくなったー。

B:それはやばいね。でも、思い出した。知り合いのトランスの女性は小さい頃、足が大きくなるのが嫌だから、窮屈な靴を履いてて、結果、小さいというか、男としては明らかに小さいし、女の平均に収まるくらいに「矯正」されてたんだと思う。

A:ひぇぇ。

B:纏足(てんそく)だよ。

 

A:でも、現代でも纏足はあるんだよ、だから。わたしの足だって、ウィメンズの靴ばっかり履いてたらどんどん小さくなっていったし、胸の形だって、ちょっとお金出してブラジャーとかちゃんとしてたらお椀型になるんだし。

B:すごい怖い話してる。

A:そうね、ジェンダーって怖いからね。

B:ははは(笑)

 

A:身体の姿勢?というか、歩き方も含めて、それも、全然違うし、やっぱり纏足じゃないけど、明らかジェンダーじゃん。これって。男女の「あるべき身体の姿勢」っていう規範があって、その規範に合わせることで、身体の形自体が変わってるじゃん。

B:社会的に身体の性別は作られてますね。

A:まとめてきたね。そういうことだよ~。わたしの背骨、S字じゃん?

B:あかりさんはそうだよね。

A:このS字カーブはさ、いかにも「女性の身体」なわけ。

B:男で見ないね。男の人、もっとけだるそうな姿勢してる。それでまかり通ってるんだもん。

 

A:分かる。わたしも男としてパスしないといけなかった中学高校は、わざとけだるそうにしてた!でも、今みたいにS字の姿勢で立ったり歩いたりするようになったら、わりとすぐに女性としてパスするようになったよ。「女性の身体」って社会的に作られてるんだなーって実感した。

B:すごいなぁ。私はそんな計算して姿勢を変えたわけじゃないんだけど、でも「女の子なんだからこうしなさい」っていう制限から外れるようになったら、自然と男に馴染んでて、あんまり変えた意識はないんだけど、気づいたら(男に)馴染んでた気がする。

A:あきらさんはそうだよね。わたしは、男になるときも、女になるときも、人為的な努力で身体を変えてきたんだよ。

 

 

 

【なりゆきの身体】

 

B:身体なんてなくなれ、とか思わなかった?

A:うーん、死にたいとは思ってたけど、身体なくなれとかはあんまり思ってないかなぁ。社会的に女性になってからは、色々憎らしい身体のパーツはありはしたし、実際に(手術で)削ったりもしてるけど。

B:あかりさんは何か、外科的な手術するより先に、女性としてパスできる状態になってたからね。私からすると「治療しないと性別変えられない」って思ってたけど、全然そうじゃない人もいるってことで。

A:そうだねぇ。なんか、往復書簡(埋没した世界)でも書いたけど、「なりゆき」って感じ。

B:はいはいはい。

 

A:男として生きるの無理、死ぬしかないってなって、しょうがないから社会的な性別を変えて、そしたら思いのほか今度は女性としてパスしてしまって、なんかこっちなら死にたい衝動が前ほどじゃないぞってなって。でもそうなると今度は、女性として生きていくうえで邪魔になる身体のパーツが気になりだして、やっぱこの身体も無理だったんだって気づく、みたいな。ごめん私の話しちゃった。

B:こういう自分語り、普段許してもらえないから、できるときにしとき。

 

A:どうも。

 

 

【あるべき身体】

 

B:私は聞きたいんだけどさ、シスの人は「なりゆきの身体」って意識がないのかね。「これがあるべき姿だ」って思ってるのかな。少なくともなんか、望みの形とは違うっていうのはあるかもしれないけど、性別と紐づけられている特徴が明らかに違ってて「おかしい」っていう性別違和を抱いてないってことでいいのかな。

A:どうなんだろうね。不思議。私たちからするとさ、ホルモンを人工的に打ち始める前は、わたしの場合は「テストステロンがある状態」で、そこからオペしたり女ホル始めたりして、今度は「エストロゲンがある状態」になったんだよね。でさ、閉経前のシスの女性の身体は、わたしからすると「エストロゲンがある状態」に見えてるわけ。

B:私にもそう見えてる。

 

A:そうそう、でも多分さ、シスの人たちは自分たちの身体を「自然な状態」だって思ってて、わたしやあきらさんの(トランスの)身体を「不自然な状態」って思ってるんだよ、たぶん。だから、私たちからすると、シスの人と私たちの身体には共通点しかないように見えてるんだけど、シスの人たちからすると、どうもそうじゃないっぽいんだよね。

 

B:それ、医者目線でもそうなんだろうね。トランスジェンダーの男性が男性ホルモンを必要とするのは、”男性なのに男ホルが足りてない状態”と解釈できるじゃん?で、シスジェンダーの男性でも、男ホルが足りない人は、摂取しようって同じ行動をしてると思うんだけど、片方が保険適用外で「不自然な治療」で、もう片方は適用内で扱ってあげるべき「自然な治療」って思われてない?やってること同じなのに。

A:わかる!!!!わたしの身体はさ、言ってみれば「卵巣のない女性」と同じような医療のニーズを抱えてるの。でも、そうは見なされなくて...

B:「トランスジェンダーが特別な、異常なことをやってる」って思われてるわけね。

 

A:そう。意味わかんないよ。事故や病気、他にも手術の副作用とかで、卵巣や精巣を失った人がいてさ、ホルモン投与が必要になりましたってなったらさ、「必要だよね」ってなるはずなのに、私たちがホルモンしようとしたら「必要ないはずのことしてる変な奴ら」って思われてるんでしょ?謎過ぎる。私なんてもう精巣もないし、もともと卵巣もないから純粋にホルモン作れなくなった女性と同じ状態なのに。

 

B:出生時の身体があるべき身体で、いじっちゃだめっていう規範。変だよね。てかシスの人たちも、生まれたてのときは性差ないし、第二次成長期に特に性差が作られてるように見えるんだけど。それってトランスをいじめてる理屈によれば、シスの人に訪れてる第二次性徴も結構変な気がするんだよね。

A:というと ?...

B:あなたの身体は勝手に変わってますけどそれで納得してるんですか?っていう。シスの人は身体がシス的に、例えば女性の人ならあんまり声変わりせずに、胸は膨らみ、生理がきて、ふっくらして、それってあなたは一度も同意してないし納得してないはずなのに、どんどん生まれたときの身体から離れていって、性差が後付けで与えられてるけど、「なんでそれでいいの?」って。

A:いや、なるほどね。わかるよ。みんな別に好き好んでその身体になってるわけじゃないはずなのに、「あるべき身体」だって信じてて、よく分からん。

 

B:私一回、シスの男性に聞いたことあるの。「声変わりするとき怖くなかったんですか?」って。今までの声とは全く違うのになるし、予想できないし、怖くなっても仕方な

いと思ったわけ。でも聞いてみた人の答えは「別に。親父と似たような声になると思ってた」って言われて。もちろん、変化が訪れることを怖いと思うシスの男性もいるし、とりわけメンズリブにコミットしたりして自分の性別について考えてきた人の中には、自分の声変わりや毛が生えることを戸惑った人もいるみたいなんだけど。でも多くの人はなんとなく納得して、未来の自分の姿なんてわからないのに、その未知の変化を受け入れてるんだって、驚いた。

A:うんうん。

 

 

【トランスだと受容する怖さ】

 

B:私は女性的になっていくときも男性的になっていくときもどっちも怖かった。中学生くらいに「女性的な身体」になっていくのも予想できなくて怖かったし、おばさんになる未来とか皆無だから、それはそれで怖かった。

で、成人してから男性化の治療し始めて、そのときもなんで怖かったかっていうと、自分が「トランスジェンダーの男性」になるのが怖かったんだと思うシスジェンダーの男性になる場合、自分の親父みたいになるとか、サンプルが沢山あったと思うんだけど、私がなるのは「シスジェンダーの男」ではなく「トランスジェンダーの男」でしかないからさ、それってすごく未来が見えないことだった。

A:うんうん。

B:シスの男になるんだったら、こんなに変化することに恐怖を抱いていなかったのかもしれない。

 

A:ふーん。面白い。考えたことなかった。私はもともとの第二次性徴がすっごく遅かったし、身体の変化も微々たるものだったから、あんまり恐怖とかはなかったかなぁ。どっちかと言うと、自分の身体が第二次性徴の変化を見せない「子ども」のままであることの方が、自分にとっては危険だったから...。女性になるときも、身体の変化は怖かった記憶はないかなぁ。ホルモン始めた当時はもう、毎日生きてるのか死んでるのか分からない状態だったから。恐怖の感覚が死んでた。

B:はぁ、なんか、分かると言えばとても分かるんだけど、往復書簡を通して分かったこ

とでもあるけどさ、私は未来を向いていて、あかりさんは過去の方を向いてるよね。

 

A:そうだね。ずっと、そうだね。わたしは未来に希望も恐怖もないよ。過去から逃れるために性別を変えているし、あのころに比べたらまだ今の方がましって理由だけで今日も生きてる。

B:私、逆だなぁ。今が最悪だから、今後がどうなってもどうでもいい、みたいな感じで先に進んじゃうの。

 

 

【自然な身体を取り戻す感覚】

 

A:ちょっと話が戻るんだけどさ、あなたも知ってるように、わたしって、結構大きな手術を受けたことがあるのね。今も、継続的に治療も続けている病気もある。そうするとさ、も

うわたしにとっての「ありのままの身体」が何なのかってのは、分からないのよ。手術をする以前とかはさ、「あるべき身体」が病気で失われて、死にかけてたから、手術をしたことで「あるべき身体」を取り戻したと思ったのね。でも、それは手術の結果だから、人の手が加わってる。でもわたしにとっては、「もともとこうだったはずの自然な身体」を取り戻したって思ったの。

それでね、私たちトランスにとって、オペしたりホルモンしたりっていうのは、そういう感覚なんじゃないかなって、思うの。シスの人たちからすると、「身体に変なことしてる」とか「あるべき身体に傷つけてる」とか思われるんだろうけど、違ってて、そうやって医療の手を借りてようやく「あるべき身体」や「ありのままの身体」を取り戻してる気がするのよ。

 

B:もともとこうだったはずの「自然な身体」ねぇ。それ多分、トランスの人にもシスの人にも、ある人にはあるし、ない人にはないんだろうな。

A:だから思うんだけど、シスの人もトランスの人も、身体の第一次・第二次性徴については、否応なく降りかかってくるものなわけじゃん。それで、そうして自分で望んでもなく降りかかってきた変化に対して、「それでいいよー」って人もいれば、「そのせいで本来あるべきありのままの身体が失われた」って感じる人もいていいはずで。後者の人はさ、医療の手を借りることで、ちょうど私が病気の手術をしたようにね、医療の手を借りることでむしろ「ありのままの身体」を後から取り戻してるだけだと思うの。

 

B:うんうん。なんか、その「あるべき身体」を考えるときにさ、マイナスにするかプラスにするか、という視点があるわけじゃん。そのパーツはあるべきじゃないからマイナスにして、今はないけど本来あるはずだからプラスにすべきだ、みたいな。

で実際に医療で手を加えられる範囲も、願望通りにいくわけではなくて。例えばトランス男性が戸籍を変える場合には、マイナスだけを求められるじゃん。胸はとる必要ないけど取りたい人が多いからとると考えて、子宮や卵巣をとって、っていうマイナス(削ったり切除したり)になる。立派な喉ぼとけが欲しいとかペニスが欲しいとか、プラスを欲しがる人もいるけど戸籍変更要件には求められない。トランス女性的な人も、基本はマイナスにすればいいのかな。

本当は当事者の願望、必要性としては、ペニスが欲しいとか子宮卵巣が欲しいとか、プラスにしたい要求もあるんだけど、そことは医療や法律はあんま噛み合ってなくて、たぶん戸籍上は「逆の性の要素をマイナスにしてくれ」って指示だけがまかり通ってるんだよ。だから個々のトランスのあるべき姿とは合致してないんだなと思いました。

 

A:そうだね。たぶん、プラスの変化は「自然に任せるべき」って思われてて、人為的な変化としては、マイナスの、取ったり削ったり、ていう方向になりがちなんだろうね。

B:それすっごい不思議だよね。シス的な視点からは、取ることって悪いことなんじゃないの?取るっていうマイナスばかり求められて、当事者の求めるプラスは無視されるんだね。法律って不思議だね。法律っていうか、その背後にある世間の眼差しと言うべきか。

A:そうだね。「自然な身体」を大切にしろ、とか一方で言いながら、戸籍を変えようとしたらゴリゴリとマイナスして削ることを要求してくるんだもんね。意味が分からない。

 

B:トランスに死んでほしいんだと思うよ。でも流石に「死んでくれ」とは言いづらいから、ぎりぎり許せる範囲で、お慈悲ですよ。

A:そうだよね、ほんとに。生きてきて、思うよ。この社会は、わたしみたいなトランスジェンダーに死んでほしいんだって。思うよ。

でもさ、話変わるんだけどさ、前の「シスジェンダーの悲劇」じゃないんだけど、ほんとはシスの人の中にも、否応なく降りかかってきた「身体の性別分化」が辛かったって人、嫌だったって人、いると思うんだよ。でも、それを絶対に受け入れないといけない、自分の身体は「女性身体」や「男性身体」以外ではありえないんだって、わざわざ自分をそこに縛り付けて、自分の首を絞めながら生きてる人が、今のところは多いと思うの。

B:わかる 。...

 

A:そうやってさ、選んでもない第一次・第二次性徴の、望んでもない変化と付き合うための唯一の方法が「諦めて我慢する・耐える」になっちゃってる(シスの)人たちはさ、だからトランスが憎いんだと思うんだよ。身体の性的特徴を変えたり、降りかかってきた性的特徴とは別の性別として実際に社会的に生きてる人たちが、憎くて仕方ないんだと思う。だから死んでくれって、思うんだと思う。

 

 

【内的なトランスフォビア】

 

B:うん。めっちゃ分かる。ていうか、シスの人がトランスの人を憎むのは分かるんだけど、トランスの人でも、医学的であれ社会的であれ性別移行を経ていない人が、(大きな括りで)同じ「トランス」の人を憎んでることがあるじゃん?何より自分自身を受け入れてないから、内的なトランスフォビアが外に出ちゃってるの。すごく分かるよー。

 

A:いるよね、そういうトランスの当事者。んでさ、今はシスジェンダーとして生きてるけど、性同一性がないタイプの人でさ、自分の身体の性別分化、第二次性徴とか、降りかかってきたものと折り合いをつけるのに苦労した人なんだろうな、っていう人が、めっちゃトランスヘイターになってる気がするんだよ。でも、頼むからそんな憎しみをトランスに向けないで欲しい。悪いのはトランスじゃないから。選んでもない性別分化を受け入れて、やれって言われた性別を強引にやらないと生きていけない今の社会の問題だから、それ。

 

B:そうね。ときどき、そういうトランスフォビアを持ってるトランスの人とシスの人は区別がつかない。すごい紙一重だと思う。これは多分トランスだけに限った話じゃなくて、マイノリティの人が「自分が社会から憎まれている当事者だ」と思うのは辛いことだから、そんなものは存在しない、あり得ないって言っちゃうことはあるでしょう。

 

A:そうだね。トランスの場合は、だから「女性の身体」と「男性の身体」ってのが明確に別れてて、それは自然の変化(第一次・第二次性徴)によって生み出される違いで、その変化だけが絶対で、それは受け入れないといけない。それで、「あるべき身体」っていうのはそれだけだ、みたいな規範が強すぎて 。...

B:自分で自分を殺してる。

 

A:そう思うよ。私たちみたく、性別を引っ越しちゃったトランスの視点からするとさ、「男性の身体」と「女性の身体」って、けっこうそれぞれルーズだし、雑多だし、「男性的な身体の特徴」とか「女性的な身体の特徴」とかが、さっきのブラジャーや靴みたいに、社会的なジェンダー規範によって作られてたりとかさ、ホルモンやオペとかであっさり変わってしまうことを知ってる訳じゃん。でも、シスの人は「男性身体」と「女性身体」っていうのが全然違うものだし、両者を行き来できるなんて、絶対認めようとしない。申し訳ないけど、それはあなたたちの首を絞めてるだけですよ、って言いたい。

 

B:うん、それはそう。なんか、今あかりさんが言ったことを理解したうえで、でも、私は性別を引っ越せてないトランス、つまりかつての私を救うっていう謎の使命感も持ってて、その泥沼から目を背けちゃいけないんだなと思ってる。今私が、性別をある程度移行して、「性別なんてどうでもいいものでした」ってことをお利口さんみたいに言うのは、昔の罪から逃れてるなぁって。

A:罪?

B:トランスフォビアを自分が持っていたこともだし、他の人にも突き刺したこと。

A:そうか。言ってたね。

 

B:収まり悪いけど、これくらいで一回終わる?

A:そうだね。もう何時間も喋ったしね。続きはまた後日ということで。

 

後半、あるかな??

あかり&あきら対談「心の性ってなんだろう?」

初出:2023年4月10日

https://ichbleibemitdir.wixsite.com/trans/post/what_is_gender_identity

 

今回、五月あかりと周司あきらの二人で話し合うのは、トランスジェンダーを説明する時に使われがちなフレーズ「心の性」っていったい何だろう?という疑問です。

 

A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー) 

B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)

 

 

トランスジェンダーの定義の曖昧さ】

 

A:なんだっけ?今日のテーマは「心の性」?

 

B:私は一度も使ったことがない表現だけど、メディアでよく見かけるよね。

 

A:そうだね、トランスジェンダーについて一番使われてきた表現は、「心の性と身体の性が一致しない」っていうやつだもんね。

 

B:ということは身体的な特徴を変えて性別を変えた人は、もうトランスジェンダーじゃなくなるってこと?一致しちゃったわけだから。

 

A:そういうことになるよね。

 

B:でもそういうわけじゃないんでしょ?

 

A:そういうわけじゃなさそうだね。ようするに「身体の性」っていうのも全然曖昧なんだと思うよ。前の「あかり&あきら対談「シスジェンダーの悲劇」 - akira_shuji’s diary」でも対談したけど、身体についてシスの人たちが持っているイメージとか発想とかが、貧しすぎて、それがトランスに投影されてる。

 

B:わかる~。

 

A:ははは。

 

B:トランスジェンダーの身体って、客観的に「シス女性」のように見られることもあれば、「シス男性」のように見られることもあるわけじゃん?全く同じ人物でも。

 

A:それは、性別移行をしたことで、ってこと?

 

B:それもあるけど、なんか日によってパス度が異なることもあるじゃん。

 

A:あ~なるほど。

 

B:そうすると昨日は女性と見なされるけど、今日は男性と見なされることもあるわけで。すると昨日は女性の身体として見なされてるけど、今日は男性の身体として見なされてるわけでしょ?

 

A:そうなるよね。

 

B:私の具体的な話していいかな?性別移行してる真っただ中で、ある日はレズビアンバーに行って店員さんに「お姉さん」って言われたの。でも翌日はゲイの人と会ってアクティブなことをしたんですけど、思いっきり「男に見えてよかった~」みたいなこと言われたわけ。

 

A:へぇ~。ふんふん。

 

B:昨日はレズビアンで、今日はゲイ!身体的な特徴は昨日と今日でそんなに変わってません!

 

A:昨日は女性の身体で、今日は男性の身体!だね。

 

B:身体の性の話しちゃったね。話を戻すと、トランスジェンダーの定義ってもはやガタガタなんだよ。

 

A:そうだね。ガタガタだね。こんなに役に立たないフレーズが、どうしてこれまでずっと使われてきたのか、不思議で仕方がないね。そんな不満が私たちの往復書簡(『埋没した世界』)には詰まってるけどね。

 

B:うん。二項対立的な説明…

 

A:心と身体の二項対立?

 

B:そうそう。あるいは、男と女とかもそうなのかも。シスとトランスも。

 

A:ふふふ。

 

B:そんなに境界がはっきりしてもないし、対立した集団でもないのだけど、まるで対立させられている。

 

A:うんうん。心の性別が男性or女性で、身体の性別が男性or女性で、それが食い違ってたらトランスで、一致してたらシスで、っていう説明は、心と身体のがばがばな二項対立と、男性と女性の、現実離れした二項対立とで、できてるもんね。

 

B:その通り。

 

【「心の性」用法がしっくりこない人たち】

 

A:それで、今日のテーマは心の性、だよ?

 

B:私はそういうフレーズがあったせいで性別移行が遅れたと思ってるんだよね。あんまり興味ないし。

 

A:ははは(笑)。そうだよね、あきらさんは自分でも「性同一性がない」ってよく言ってるもんね。わたしも、女性に性別移行しちゃったけど「心が女性です」なんて思ったことないよ。まぁ、性別「無」だから仕方ないけど。

 

B:あまりイコールじゃないんだけど、心の性=性同一性=ジェンダーアイデンティティと解釈すると、その概念を用いるとしっくりくるシスジェンダートランスジェンダーもいれば、その概念がしっくりこないシスジェンダートランスジェンダーもいるはずで、私はしっくりきてないわけ。

 

A:うんうん。往復書簡でも書いてたことだよね。シスの人の中にも「性同一性(心の性)」をはっきり持ってる人がいれば、持ってない人というか、しっくりこない人がいて、トランスの人の中にも、あきらさんみたいに「性同一性」の概念がしっくりこないというか、意味がない人たちがいるというか。

 

B:まあ、なんで性同一性の概念がしっくりこないのに性別変えるかって、「死ぬか、性別変えるか」の二択でたまたまこうなっちゃっただけで。その状態を後付けで「心の性が男だったんだね」って解釈可能な人も確かにいるかもしれないけど、私の場合は解釈不可能だね。

 

A:わかるよ~。わたしはあきらさんと違って「性同一性がない」んじゃなくて「性同一性が【無】(としてある)」のタイプだけど、今はこうして女性側に性別移行してて、でも「あなたは女性に性別移行したんだから心の性が女性なんですね」とか言われたら、気持ち悪くて吐いちゃう。

 

B:性別を移行する必要を感じていないのがシスジェンダーなのか。

 

A:そういう風に理解した方がいいよね。あと、最近みたフレーズだと、「生まれたときの性別そのものには違和感がない」とか。

 

B:ふーん、シスジェンダーの説明ね。まぁそうなんだろうね。でもシスジェンダーの人って、その性別そのものに違和感があることと、その性別らしさを押し付けられることに違和感があることとを混同してる。

 

A:あるあるだね。自分が「らしさ」が嫌だったからって、トランスの人たちも「らしさ」が嫌だって思ってるに違いないって、解釈してるシスの人がいっぱいいて、うざい。

 

B:ちょっと具体的に補足するか。なんか自称フェミニストが、「トランス男性は女らしさが嫌な女だ」みたいなこと言ってることもあるみたいなんだけど、超絶興味がなくて。

 

A:ははは(笑)

 

B:別に女らしさが嫌な女もいれば、女らしさが好きな女もいるでしょうね。トランス男性とは関係ないけど。

 

A:そうだね。

 

B:だってそんなこと、シスの男に言う?

 

A:男に?

 

B:シスの男に対して、「あなたは女らしさが嫌だから男をやってるんですよね?」とか聞いてたら、話が超ちぐはぐじゃない?

 

A:ははは、そうだね。男が男を生きてるのは、男だからだよね。女らしさ関係ないし。トランス男性も、そういうことだよね。

 

B:でもここで言う「男である」とか「女である」とかは、「心の性別」っていう説明とはうまく照合できてないと思うわけ。

 

A:うんうん。そうだよね。

 

【きんトラから考える、帰属意識

 

B:私にはしっくり来ないにしても「心の性別」ってそもそも何を指してるんだろうね。自分勝手に自称することと勘違いするバカもいるっぽいけど。

 

A:さすがにそれは馬鹿過ぎて話にはならないけど、でも確かに「心の性別」って言葉でみんなが何を言ってるのかは、わたしもずっと疑問なんだよね。ところでこの前のきんトラ(きんきトランスミーティング)一緒に参加したじゃん?帰属意識の説明。あれ、どうだった?

 

B:説明のバリエーションが増えたなあと思った。これまた、私は今男をやってるけど、男性集団に帰属意識はない。それはシス男性集団に帰属意識がないというだけではなく、トランスの男性を含めても、帰属意識はない。でもだからといって、私が男を生きてないことにはならないだろうな、と。

 

A:はは。あきらさんは性同一性が「ない」からじゃない?ごめん、これ対談だけ読んでる人は意味不明だよね。3月のきんトラで、「性同一性は帰属意識として理解できるかも」っていう発表があったんだよね。あんまり、ピンと来なかったんだけど…。

 

B:あんまり数はないけど、性別を移行した当事者の記録を読むとそこでも、移行後の本来の性別にぱっと適応できてるかと言うと、そういうわけでもなくて。それは性同一性以外のことも絡んでるからわかりやすくは言えないんだけど、「本来あるべき場所がここだった!」とだけ片付くわけでもない、ということは言える。

 

A:うんうん。なるほどねぇ。帰属意識はないけど、性同一性がめっちゃ男性の人がいるってことだよね?

 

B:うん、今の説明はそういうこと。で、私みたいに帰属意識もないし、性同一性もないけど男をやれてる人もいるってこと。

 

A:そこでやっぱり性同一性だよね。なんなんだろう、これ。性別の集団(男or女)への帰属意識で説明できない何かがあるとしたら、この言葉には何の意味があるんだろう。身体への違和感を説明するため?

 

B:シスジェンダーの人たちが自分たちの当たり前の世界を脅かされずに済む限りにおいてトランスジェンダーを説明しやすくする言葉。

 

A:ははは、ひねくれすぎ(笑)。まあでも、本当はシスの人こそが考えるべきなんだけどね、女性とか男性を生きているってどういうことなのか。どうして自分は性別移行を「しない」のか、とか。トランスの人にばっかり理由説明を求めてて、なんとなく「心の性が身体と一致してないんだね~」ってこっちに言ってきてる訳だけど、いやいや、シスのあなたたちが考えて言葉にしてよ、とは思うよね。こんな雑な言葉じゃなくてさ。

 

B:それはシンプルに気になる。聞いてみてほしい。「あなたはなんでその性別なんですか?」って。結構多くの人が「身体が女だからとか」「証明書に書いてあるから」とか言うと思うんだけど、さらに聞いてみてほしい。「身体ってどこを指しますか?あなたは女友だちの股間を知っていますか、服の中を知っていますか、染色体を調べたことがありますか?」とか、「制度なんて時代や地域によってバラバラですけど、ではその地域では性別ないんですかとか、その地域では女で、あっちの地域では男なんですか」って聞いてみてほしい。何を頼りに、あなたはその性別で納得してるんですか?って。

 

A:うんうん。分かる。シスの人たちがもし答えを持ってないなら、それはトランスの人だって同じなはずなんだよね。男性に性別移行していくトランスの人に「どうして自分が男性だと思うんですか」とか聞いたって、無駄だし、聞くべき相手を間違えてる。世の中に掃いて捨てるほどいるシスの男の人に聞いた方がいいよ。「男性の定義を教えてください」「あなたが男性である理由を教えてください」「どうして女性として生きないんですか?」って。

 

【それでも「心の性」で説明するトランス】

 

B:思うにトランスジェンダーで生きる性別を変えていく人って、今のままでは生きられないからっていう消極的な理由で変えてるんだと思うんだよね。だから「自分のことを明確に男だと思っているから男に性別変えます」とか、わりと積極的な理由では説明できないと思う。でもこれまでのトランスジェンダーの語りだと、そういうパターンが定型として語り継がれてきた印象を持ってて。

 

A:確かにそうだね。例えば男に性別を変える人がいるっていうと、「心の性別が男性だから、心の性別に合わせて、身体や生活を変えていったんだね」って、世の中は理解しようとするじゃん?ここにさ、出てくるわけ。「心の性別」。でもなんか、違うよね。わたしはトランス男性じゃなくてトランス女性側に圧倒的に近いから、ちょっと性別を逆にしてしゃべるけどさ、女になりたいから性別移行したというより、男のまま生きるなんて死んでも同じだから、性別を女性側に変えていったって人、多いと思うんだよ。わたしも含めて、彼女たちの「心の性=性同一性」が女性だったから、女性に性別を変えたっていうのは、なんというか、シスの人たちが考えることをさぼった結果として出てくる雑な説明だと思う。

 

B:あかりさんのような状況になんでなるのかは分かる。トランス女性の場合は、男である状態はすでに経験済みだから、それが違うと分かるんだけど、(社会で想定されがちな)女である状態は経験してないから、はっきり「そうだ」と言うことはできない。でも、現状のおかしさを打開するためには、最初の一手として他の誰にも奪わせない「心の性別は女です」って言うほかない。

 

A:はいはい。いや、そうだよね。なんか分かってきた。そもそも「心の性別」っていう概念は、全然だめだとは思うし、シスの人たちが勝手に作ってきた概念だとは思うんだけど、でもトランスの人たちにとって、そこしか頼りにできないというか、そこ以外に自分が男性ではない、っていうことを主張する足場がないんだよね。

 

B:つらいなぁ。映画『片袖の魚』を観て、そのことを感じたね。世界中から「お前の性別は違う」って言われてる中で、「心は女なんです」っていうひかり(主人公のトランス女性)。

 

A:うんうん。あのひかりの応答自体は、シスの人たちに分かりやすく説明してるっていう側面があるとは思うだけど、でも、そうだよね。お前は身体が男なんだし、書類も男なんだし、周りからも男としてみなされてて、だからお前は何から何まで男なんだーって、生まれてからずーーーっと言われ続けてて、でも、自分では男を生きられないって、分かってしまってる。そういうとき、もはや他人から見えるものとか、他人に証明可能なものをいくら提示したって、自分が「男でない」あるいは「女である」っていうことを示すことはできないんだよ。不可能なの。だから、最後の最後に、絶対に他人には分からない「心」っていうものを頼りにして「でも、心は女なんだ」って、言ってきたトランスの先輩がいるんだよねきっと。泣いちゃう。

 

B:うん、その点は「心の性別」っていう言い方を馬鹿にするのはよくないなって思いました。

 

A:わたしも反省した。結構さ、「心に性別とかないでしょ」って、馬鹿にしてきたから。実際、心の性とか証明できないじゃん、ってトランスジェンダーを嫌いな人たちや憎んでる人たちは言うじゃん?でもさ、さっきの話だと、証明できないからこそ、最後の最後に、「心の性別」を頼ってきた人たちがいるかもしれないって、ことだよね。

 

B:「心の性別」が最初にあって、それに合わせていくって言うよりは、他者から色んなものを剥奪されて、否定されてきて、その最後の砦として「心の性別」が位置づけられてるんだろうなぁって。

 

A:うん。最後の砦感ある。そうするとさ、「性同一性(心の性)はシスジェンダーにも全員にあります」みたいな説明は、やっぱりちょっとずれてるよね。

 

B:ああ、なるほどね。

 

A:シスの人たちは、そんな誰からも見えない「最後の砦」を頼らなくなって、いくらでも自分たちの性別を是認してもらえるんだもん。社会とか医療とか法律とか、全部シスの味方だからさ。「心に性別なんてありません」とか言ってるシスの人たち、いるけど、そうですねって思うよ。「心の性」なんて、そんなものを頼らなくても、自分の性別を生きられて、周囲から認められて、誰からも否定されなくてよかったですね、って思うよ。

 

B:ほんとにその通り。補足することも削る言葉もないわ。

 

【性別は旅路だった】

 

A:ね、辛いね。なにか他にある?「心の性」について話したいこと。

 

B:あまり他の人がしてるのを見たことがない説明をこれからするんだけど、私は性別ってダーツの旅みたいって思ってるの。

 

A:ダーツ?

 

B:パッて「あそこに行ってください」って言われて、行ったらしっくりきてるから、なんか男やれちゃってるから、って感じなんだけど。これがたまたま生まれた土地で文句言わずにやれてるのがシスジェンダー。現実にいるじゃん。絶対海外移住するぞー組の人たちと、地元でのらりくらり生活できてる組。それがトランスジェンダーとシスジェンダーの違い。

 

A:ほほー。

 

B:でね、性別という土地がいくつもあったら、何回も引っ越す可能性もなくはないよね、っていう。なかには計画して、絶対そこに住むべきだって目指す人もいれば、たまたまダーツがそこに刺さったからそこにいるか、っていう移動を伴う人もいるかもしれない。

 

A:ふーーん、聞いたことない説明(笑)。

 

B:なんか、私はものごとを変化する前提で考えてるから、変化しない人がいると「ああ、あなたは変わらないんですねー」っていう見方をしちゃう。で、私は男の島で納得してるから、別に他にもっと快適な土地があったら移り住むかもしれないし、現状で居心地が悪すぎることがないので男をやってます、それでいいですっていう感じ。

 

A:うむうむ。でも、なんで女から移動したの?たまたまダーツが男の島に刺さったっていうけど、女の島では生きられなかったんでしょ?

 

B:そのダーツの矢は発射するしかない矢だったんだよ。仕方ないの。矢に聞いてください。私の運勢的な何かがそっちに行っちゃったの。

 

A:はいはい。そうか、となるとやっぱり、あなたの性別移行には「性同一性(心の性)」なんて言葉は必要ないってことね。テンプレ的なトランス男性の説明だと、「性同一性が男性だから、男性になりました」ってなるけど、あなたはそうじゃなかったんだよね。矢は発射する運命だったし、たまたまダーツが男に刺さって、たまたまそこが居心地が良かったから、今はそこに住んでる、と。「男アイデンティティ」とか、ないよ、って話ね。

 

B:ダーツの話に付き合ってくれてありがとう。

 

A:ははは。

 

【「心の性」に押し込められた要素】

 

B:別に男の島の居心地がいいわけではなくて、きっとベストではないけどベターではあるなってくらい。

 

A:ふふふ。結構男をエンジョイしてるように見えるけど?

 

B:なんか性別そのものだけじゃなくて、その性別らしさを楽しめるかどうかとか、恋愛とか性愛とか、なんか人間関係全般とか、親からの圧とか、複雑な要因が「男をやっていくこと」と案外すりあっちゃった。

 

A:へーー!!そういうことね。わたしも、圧倒的に女性的な生活の方が自分に適合してるとは感じるかな。自分は女性であるとは思えないけど、でもやっぱり、女性として社会で生きている方が、ましというか、何なら少し充実感もある。こういう微妙な楽しさ?というか「適合できちゃう感」を言うために、「心の性」っていう言葉を使ってきた人たちも、トランスの先輩たちにはいるのかなぁ。

 

B:うーん、あんまり考えたことがないけど、同性愛者的な状況から(性別が変わって)異性愛者的な状況になったことで、恋愛面ではエンジョイできてる語りなら、聞いたことがあるかな。

 

A:恋愛の話ね。わたしはあんまりわかんないんだけど、恋愛の相手からだけは絶対に「女性」として見なされたい!っていうトランスさんには会ったことある。普段はわりと、ジェンダークィアとか、別に性別とかどうでもいいよって感じだけど、セックスとデートの時だけは死んでも「女」として扱われて、女として抱かれたいって言ってた。これもジェンダーアイデンティティなのかな?

 

B:その話わかる。思いっきりわかるわ~。私も性的な場面では圧倒的に男でしか想像できないわ。つまり、「社会全般で扱われたい性別」と、「すっごいクローズドで親密な関係性で扱われたい性別」っていうのは違う水準であって、社会的な扱いとかはどうでもいいけど、親密な人にはこう認められたいっていう、差があるんだよ。

 

A:うんうん、ありそう。「心の性」「身体の性」「抱かれたい性」ね。ごめん冗談です。これまで「心の性」って呼ばれてきた概念にいろんなものが多分押し込められてて、その中には「好きな人から好かれたい性」ってのもあったんだろうね、と。

 

B:そうね、今のところ性同一性を6つの領域くらいに分解できているけど、まあこの話は長くなるから、また今度かな。

 

A:はは、私たちの往復書簡ね。今度出る(2023年4月中旬発売)のは22通目までだけど、そこからだいぶ進んだもんね。この6つに分解してる話も、いつか世に出せたらいいね。

 

【身体的な(ジェンダーユーフォリア

 

B:うん、なんか、心の性=身体の性と結びつくこともあるはずで。例えば私は、腕に血管が浮き出ている身体がすごいしっくりくるし嬉しいんだけど、それは「男性の身体」だから嬉しいんじゃなくて、「血管のある身体」だから嬉しいの。男性の身体でも、脂肪に包まれてたら血管がみえないこともあるじゃん。私がなりたかったのは「男性の身体」じゃなくて「血管のある身体」だったんだって、後から納得した。

 

A:わかる。わかる!わかる!!わたしも、女性の身体には確かに嫉妬してた気がするけど、別に「女性の身体」になりたいと思ったことはなかった。でも、ホルモンをして、胸がふんわり生えてきてさ、びっくりしたんだよね。なにこれ!って。これ、これ、これわたしの身体じゃんって、なったの。もう、それが女性の身体なのかどうかは一旦置いておいて、両胸がある身体の質感とか、シルエットとか、これじゃん、わたしの身体じゃんって。

 

B:後から辻褄があっただけなんだけど、そういうユーフォリア(幸福感)は確実にあるよね。この身体改変の必要性だったり、後からの納得感だったり、というのは性別そのものの同一性とは無縁で、別個であるんだけど、でも性別とも結び付けられやすい要素だから、「心の性別」という言い方の中に、ごちゃごちゃに含まれたり含まれなかったりしてたんだよね。

 

A:絶対そうだよね。わたしについては、さっきの胸の話も、自分が社会的に生きる性別を変えた後でのホルモンだったけど、もし自分が男性として社会に存在してるときに胸が生えてきたら、こんなに身体が嬉しかったかどうかは、分からない。その意味では、身体のユーフォリアが性別と全く縁がない、とは言い切れない。でも、「心が女性だから身体を女性的にしたいです」っていう説明は、わたしには全然無理だったし、関係なかった。

 

B:あー、ちょっと理解できた。私は筋肉のある身体とか血管の浮き出てる身体とか好きなんだけど、女性のまま筋肉バキバキとか、血管が浮き出てる身体とかになりたいわけではなかった。だから確実に、性別のジャッジメントが入ってしまってるね。

 

A:そうなんだ。じゃあ、わたしと似てるかも。ときどき、男性としての生活のまま、でも去勢だけはしたい人っていて、ジェンダークリニックとかで面倒なことになるみたいなんだけど、わたしはそういうタイプの人とは、ちょっと自分は違うかな、と思うかな。わたしも女性のアイデンティティに沿って性別移行したわけではないんだけど、なんか違うかも、みたいな。

 

B:ふーん、そうなんだ。それは動かしたい軸が2つあったから、ってこと?

 

A:なんだろう。すごい個人的な話だけど、わたしは最初に「男として生きるのは無理」って思って、女性にトランスした。完全に未治療の状態で、女性としてふつうに出かけてパスできる状態になった。でも結局は、女性として見なされる時間が増えれば増えるほど、生まれたときの身体のままで死にたくない、気持ち悪い、っていう思いが強くなっていって、それまでは「身体なんて手術しても男性として生きるなら意味ない」って思ってたんだけど、やっぱり身体も変えたいんだなって、気づいた。それで、オペやホルモンしてって感じかな。だから、社会で生きる性別を変えることと、身体の性的な特徴を変えることと、2つが別々と言えば別々だけど、完全に別の軸とも、言いがたいかなぁ。ごめん自分の話しちゃった。

 

B:生活するなかで自分の望むものが変わることってあるよね。

 

A:ある。

 

B:逆に、手術する気まんまんだったけど、やっぱここまで手術する必要なかった、って思う人いるし。トランス男性でよくあるのは、手術して戸籍変えるぞって思ってたけど、生活で男性として生きられるなら子宮卵巣摘出はしなくていいやってなるとか。最初はペニス作りたかったけど、排せつに困難がないしもういいか、とか。手術計画がなくなるっていうパターンもある。

 

A:なるほど、それは普通にめっちゃありそうだし、よく聞く話でもある。となると結局「心の性が男性(or女性)だから、身体に違和感が生まれてしまいます」っていう説明は、事態を単純化しすぎてるよね。

 

B:そうそう、そうなんだよ。どれだけ身体を変えたいかによってその人の性別違和の「本気具合」を測るみたいな発想はすごい陳腐で、人間の身体は、シスジェンダーのごくごくマジョリティの身体を基準にしてしまってるし、いろんなものをそぎ落としてるなって思う。

 

A:そうだね。手術をしたい奴が本物のトランスジェンダー性同一性障害)なんだ、みたいな発想、だめだめだよね。現実のトランスの生活がまったく分かってない人の発想だなと思う。そもそも、純粋に身体だけ変えて、さっきみたいに「胸のある男性」や「筋肉ムキムキの女性」で納得して、満足できますかって言ったら、そうじゃない人の方がやっぱりトランスでは多いはずで、となると、身体への違和を純粋にそれだけで評価するって、無理だと思うんだよね。やっぱり「心の性」には、社会で生きる状態とか、身体との関わり方とか、いろんなものが雑多に詰め込まれるみたいだね。

 

B:まとめに入ってきてる…。

 

A:ごめん!そんなつもりないよ!何かあったら話して。

 

 

【あえて規範的なシスの男女を演じるトランスの人々】

 

B:なんかね、身体の違和を軽減させるために、例えばトランス男性の場合は「男に近づけた女性」としてやっていこうっていう試みをする時期もあるかもしれないんだけど、それって一時的に「規範から外れた女性」になるわけじゃん?女性らしくない女性として存在する、というように。それって「性別らしさ」の違和感に直面してしまうことがある。だから敢えて、やりたくもないけど、「女らしさを表現してる女性」の側に適合していって、「やっぱトランスだな」って自覚して、なりたいタイプの男に切り替わる人もいるわけ。性別を透明化させるための一つの手段なんだよ。あと、規範から外れたシスの男女をやってると、トランスフォビアを被るかもしれないから、そこからのがれて、敢えてシスの規範的な状態に合致して我慢し続ける人もいるよね。

 

A:リアルだね。自分に割り当てられた性別がしんどくて、辛くなってる時期に一番何が辛いって、「自分がその性別であること」を意識させられて、それに直面させられるのが生活では辛いんだよね。だから、下手に「らしさ」からずれていこうとすると、「らしくない」って理由で、(「男のくせに」女みたいだ、とか)嫌な目に遭うことがあって、それってシスの人たちが「らしさ」を外れてることで被る有害さと同じダメージだけでなく、「性別を意識させられる」っていう、エクストラのダメージもあるんだよね。だから、規範的な「男性らしさ・女性らしさ」に身を潜めることで、ダメージを軽減しようとしてるトランスの人はいると思う。わたしも昔はそうだった気がするし。

 

B:わかるよ。「男らしい男」をやってた人物(トランス女性)が、ある日「女でした」って言うこともありうるだろうけど、それってずっと我慢してたんだろうなって。だって「女らしい男」をやるって、すごくバッシングの対象になるじゃん。そこから身を守るために、やりたくもない「男」を律儀にやり続けてきた人、トランスのなかにはいるよな。

 

A:いる。そういうとききっと、「自分が女であることを、自分の心のなかの一番奥深くに秘密にし続ける」っていうことになるんだろうね。「心では女性」っていう。

 

B:そうかぁ。なんか、悪徳企業で働く社員が、業務内容や社会的意義を放棄して、考えないようにして機械的に働いてるのと同じなんだと思う。そうすると、心の性別がどうとか、本人ですら気づかないことがある。

 

A:そうだね、本人ですら気づかないこと、あるだろうね。ただ、辛いけどね。心の一番奥に封じてきた性別への違和感が、扉を開けて外に出てくるのは。怖いことだよ。

 

B:そうね、「心の性別」って言うとき、本人がいつそれを正直に自覚できるかっていうのも分からないと思う。だから、一般に「トランス女性はジェンダーアイデンティティが女性です」っていう説明は正しいんだけど、当の本人が「わたしは頑張って男やってるし男ですけど?」って言うこともあって、だからいつ本人が「自分はトランスだ」って気づくかっていうのは人それぞれでしょう。だって、例えば幼少期の私、頑張って「女らしい女」をやってたし、その当時に「あんたは本当は男なんでしょ、我慢しなくてもいいよ」って言われたらムカついてたと思うよ。「女ですけど?!」て返してたと思う。そういうズレもありますよね。

 

A:そうだね。ジェンダーアイデンティティを大切にする言い方を広めていこう、トランス女性は「Male to Female(MtF)」じゃなくて、一貫して女性です、っていうのは、まあ分からなくはないけど、なんか違うんだよね。「心の性別」がずっと女性です、男性ですっていうのは、周りから見れば、そういう説明がシンプルだし分かりやすいのかもしれないけど、トランスの人自身の人生はさ、もっと複雑で、ぐちゃぐちゃしてるし、男性的な状態、女性的な状態を出発して、トランスだってことに気づいて、なんか色々納得できる状態を模索して…、という連続した旅路なんだよね。

 

B:うまい。連続してる人生だってことが、忘れられがちだからさ。

 

A:そうだよね。「心の性」とか「ジェンダーアイデンティティ」っていう言葉は、こういうぐだぐだで混雑した連続性を無視しちゃう。

 

B:やっぱさ、「ジェンダーアイデンティティが女です」っていうのはシス女性によっぽど適合的な説明だと思うなぁ。トランス女性にはもっと面倒くさい揺れ動きを経てきている人もいるからさ、なんならシスの人の方が「心の性別がこうでした」っていう説明があってるんだよね。

 

A:ははは、そうだね。生まれてからずっと強固に女性、ずっと女性、みたいなね。急にシスの人のための言葉に見えてきた(笑)

 

B:改めて不思議な言葉だね。

 

対談、終わり。