あかり&あきら対談「身体の性ってなんだろう?」2

初出:2023年5月7日

https://ichbleibemitdir.wixsite.com/trans/post/what_is_sex2

 

前回の対談に引き続き、「身体の性ってなんだろう?」と話し合います。

 

A:五月あかり(出生時に男性を割り当てられたが、現在は女性に埋もれて生きている。トランスジェンダー) 

B:周司あきら(出生時に女性を割り当てられたが、現在は男性をやっている。トランス男性)

 

 

【脱毛しようとしたら】

 

B:あかりさん、最近脱毛してるんだって?

 

A:急にプレイベートやめて。去年はトランスだって理由で脱毛サロンに入会拒否されたんだから。

 

B:ひどいね、ほんとひどい。今回あれでしょ?逆に「理解を示された」んでしょ?

 

A:そうだね。やっぱ女性ホルモンの注射から、脱毛のやつをやるまでは何日か空けた方がいいみたい、って分かったから。ちゃんと言ったのね。昔は男の人やってましたけど、今はこんな感じで、ホルモンやってますって。そしたら言われたの。「そういう方って美に気を遣ってる印象があります!お客さんもそうなんですね」って。

 

B:イメージがIKKOさんなんだ。

 

A:ほんとにそう思った。トランス女性っぽい人って、なんか美容のスペシャリスト的な感じというか…。

 

B:メディアの弊害だ!でもさ、トランス的に言うと、性別移行ゴリゴリ始める前に男として脱毛サロン行っておく人が多いのかなぁと思ってた。トランスジェンダーになると扱われ方が想像できないし面倒そうだから、移行前のシスの人間として、それこそトランス女性だったら(シスの男として)脱毛行くとか、トランス全般だったら生命保険に入っておくとか。

 

A:ふーん、そうか!気づいてなかった。わたしもともと毛も薄いし、顏周りの髭も、適当に抜いていれば済んだタイプだから、トランジションのためにまず脱毛!って発想なかった。

 

B:かわいそーー、って思っちゃった(笑)。私は今、ヒゲの育毛してるからさ。

 

A:してるね。あごヒゲが生えてきてるもん。よかったね。

 

 

【前回の振り返り】

 

A:ところで、前回の対談、やってみてどうだった?

 

B:思いもよらぬ方向に話が進んだね。充実してた。

 

A:というと?

 

B:私は男性化を怖がってたというよりは、トランスの男性になることに対して、怖さやプレッシャーがあったんだなぁとか。シスとトランスの身体って、そんなに変わってないのに多分シスの人はめちゃくちゃ遠いものとしてトランスの身体を捉えてる、とか。

 

A:うん。

 

B:身体を変えるって言った時に、減らしたり切除したりって言うマイナスの方向と、発達したり付けたりって言うプラスの両方あるけど、特例法では前の性別の特徴を取り除くっていうマイナスの方向ばかり要求されてて変だよなとか。そんな感じ。

 

A:ふむふむ。面白かったよね。いろいろ分かって。でさ、わたしはやってて気づいたんだけど…

 

B:なにを?

 

A:やっぱり、私たち今ではこんな感じで移行後の性別で馴染んじゃってるけどさ、身体との付き合い方とか、向き合い方って、私たちの間でも違ってたんだなぁって、改めてさ、気づいたの。

 

B:なるほどね。

 

 

【性別を変えるとき最初に何をする?】

 

A:わたしはどっちかというと、身体のせいで男をやらされてるって、思ってなかった感じだからさ。

 

B:あー、意外!うん。

 

A:実際、性別移行するときも、ホルモンとかオペとかなしで、女性っぽい感じでパスはしてしまってたからさ。

 

B:不思議だなぁ、不思議だなぁ。

 

A:そうなの。だから、「この男の身体のせいで…!!」とか、たぶんMtFの人にありがちなというか、そういう身体との悩み方、してこなかったんだなって、気づいた。

 

B:ふーーーん。ああ。私は、この身体のせいでって、思ってきた方なのかなぁ。というよりあれか、身体に対しての、帰着感、っていうか、自分のものにしてる感じが、全然なかったから、この身体のせいでって意識が薄かったのかもしれないけど、とにかく身体の特徴を変えたいっていうのは、性別移行を志した時からは強く思っていた。

 

A:なるほどねぇ。わたしも、生きていく性別を変えるしかないな、と思ってからは、睾丸がとれるとか、陰茎をとれるとか、顏の骨を削れるとか、いっぱい情報が入ってたこともあって、実際には「やりたい」って思ったし、オペも何個かしてるけど、でも「まず身体」ではなかったんだよね。

 

B:性別を考えるときに、まずどこから考えてたの?

 

A:うーん。空間?というか、コミュニケーション?

 

B:めちゃくちゃあかりさんらしいわ。

 

A:そうだね。うーん。例えばさ、駅で電車を待ってるとするじゃん?

 

B:うん。

 

A:始発駅みたいなところに前は住んでたからさ、その駅を出発する電車に座れるの。でさ、座るために、みんな並ぶのね。ぎゅうぎゅうで、始発電車を待つの。その時にさ、男の人と女の人で、なんとなく並ぶ場所が違ったりとか、人の距離が違うとかあるの。

 

B:具体的に。

 

A:えーー!?なんで?わかんない?違うじゃん、男女で。占めていいスペースとか、誰の隣にはどんな人が並んでいいとか、どこに座った方がいいとか、どの列が女性が多いとか、全然違うじゃん?

 

B:ああーーー。男性の方が占めているスペースが大きいし、他者もそう見なしているとか、女性同士で近くに待ちやすいとかか。ぶっちゃけ私自身はその空間を乱してと言うか、わりと無視して存在することもあるかもしれないなぁ。

 

 

【男女で空間の使い方が違う】

 

A:はは(笑)。そうだよ、昨日だってさ、アウトレット行ったじゃん。

 

B:うん。なんか気づいた?

 

A:うん。わたしが女性用のブラを見てて、あなたも近くにいてさ、わたしがブラを見るのを飽きて、別の棚に行ってたんだけど、てっきりあなたも付いてきてると思ったら…。

 

B:まだブラを見てた?

 

A:そうだよ!びっくりした!!ほんとに!もう、なんで!ってなったよ。

 

B:男ひとりでブラを見てる、と(笑)。今のブラってこんなに生地が薄いのかなとか、ワイドサイズは隣と何が違うのかとか、見てた。

 

A:も~、やめてよ!ほんとに、となりに40代くらいの女性がいたんだけど。

 

B;人いるな~としか思ってなかった。

 

A:ありえないよぅ…。その人もちょっと不審そうにしてたよ?

 

B:気づいてない…。

 

A:すごいよ、わたしからしたら。わたしにとって性別移行の始まりで重要だったのはさ、そういうのだから!

 

B:私は始まりから不合格だ(笑)

 

A:そうだよ、びっくり。

 

B:ははははは(笑)

 

A:見えてないんだね、と思った。どの空間を、男性と女性で、どっちがどんな風に使っていいか、占めていいか、どんな距離感だったら、みたいなのとか。

 

B:めちゃくちゃ面倒くさいね。言い訳じゃないけど、私は一人だったらブラジャーを見てないんだけどさ、その空間にいたら、構造はどうなってるんだろうとか、物自体への関心から見ることはあるよね。

 

A:いや、わかるけどさ、興味湧くのわかるけどさ。

 

B:女性のモノには興味ないんだけど布の性質とかには興味が。広告の仕方とかね。ワイドサイズなのに隣のと変わらなかったら「表記ミスじゃね?」とか思うじゃん。

 

A:えぇぇ。信じられないな、わたしには。逆にすごいと思う。よくそれで性別移行できたね。

 

B:(笑)。逆に言うとさ、昔私が女子やってた時にさ、なんとなーく、男子の輪の中にいられたの。「なんとな~く」いられちゃうのよ。

 

A:はいはいはい。そういうことよ。

 

B:どういうこと?

 

A:わたしはその「いられちゃう」状態を、わざわざやめなければいけなかったの。女子の中に「いられちゃう」状態だと、いじめられるのね。だから、なんでいじめられるんだろうって一生懸命考えてさ、「そうか、男子と女子で、空間の使い方とかコミュニケーションの仕方にルールがあるんだ。わたしは『男子』にならないといけないから、生きていく空間の使い方を変えないといけないんだ」って、必死に考えたの。

 

B:あ、思い出したわ!私は混乱を生むことがあったみたいなんだけど、私自身は気づいてなかったんだ。身体(の差異)には敏感なんだけど、空間の使い方とかコミュニケーション方法に差異があることに気づいてないから、混乱を生むの。私ひとりが男子の中にいると、男子からモテたいんだと思われたりとか、近い距離にいる男子から私が好意を寄せられたりとか。それで、周囲が戸惑う。

 

A:そうそう、それ。学校だとやっぱり、異性愛がきついから。男女は分かれてないといけないんだよ。でね、わたしは女性に性別移行するときに、考えたの。昔わたしが「やめた」はずの、空間の使い方とか、コミュニケーションのやり方を、取り戻さないとって思ったの。「男」として空間を占拠しないといけなかったり、「男」としてコミュニケーションに参加させられて、社会的に生きていくのはもう無理、死ぬって、思ったの。これが、わたしにとって性別移行のスタートで何よりも重要だったことなの。

 

 

【ブラジャーはただの布ではなかった】

 

B:へぇ~~。私も男になったらちょっとは弁えさせられたと思ってたけど、さっきのブラジャー見てるとかは起こってしまうのね。ただの布じゃん!

 

A:ただの布だよ!でもただの布じゃないの!

 

B:はは。女性向けの布なのね。

 

A:それだけじゃないの!

 

B:女性が周りに寄っていい、女性向けの布なのね。

 

A:それも違う!

 

B:なんなの?

 

A:男性が性的欲望を向ける布だよ!

 

B:えぇーーー!気持ちわる!気持ち悪い!

 

A:ははは(笑)。だからそうなんだって。男性から女性への意味わからないくらいの欲望が是認されてて…

 

B:それって男性の欲望すごくない?布じゃん?中身なんもないのに、布に興奮するって。確かに、森岡さんの『感じない男』にも書いてあったんだけど、私は女性に欲望してるんだろうか、スカートに興奮してるんだろうか?って問い。

 

A:うんうん。いやね、もちろん売り場のブラジャーに興奮してる人は少ないと思うんだけど、ブラジャーの売り場にいる女性からしたらさ、男性がひとりでブラジャーを見てたら、ちょっと怖いというか、警戒するというか、やっぱその行動を「性欲」によって解釈したくなる気がするの。例えばこういうのが、わたしが「空間」ってことで言いたいこと。男性と女性でさ、通っていい「通路」というか「穴」が違ってるって、往復書簡(埋没した世界)で書いたこと。

 

B:あ~、私がパッと理解できなかったやつね。

 

A:そうだよね、あんなに分かりやすく書いたのに。

 

B:こんなに分かりやすく書いてもらったのに理解できないのは、私は理解していないのかもしれませんって、私は書いたよね。

 

A:そうだね、書いてたね。そんでさ、真面目な話?なんだけど。

 

B:これまでは不真面目な話…?

 

 

【男性身体に驚いているのではない、男性に驚いているのだ】

 

A:そうね、あなたの鈍いエピソードね。真面目な話さ、「女性の身体」と「男性の身体」って、それが「女性『の』身体」だったり「男性『の』身体」だったりするから、初めて意味を持つ言葉だと思うんだよね。

 

B:ああ。つながったわ。「女性のブラジャー」という布自体は、何の意味もないんだけど、「女性」『の』「ブラジャー」だから、興奮対象になるし、男は近づいちゃだめって話だよね。違う?

 

A:あってる。あってるけど、一回ブラジャーから離れて。

 

B:続きをどうぞ。

 

A:うーんと、あんまりこういう話はしたくないんだけど、トランス差別する人たちがさ、「女子トイレに男性の身体がいたら怖い」とか、よく言ってるじゃん?

 

B:「男性の身体」と「男性身体」は同じ意味?

 

A:うん、どっちでもいいよ。それでね、そういう人たちはもちろんさ、わたしみたいなMtF(トランス女性)のことを、「男性身体」の持ち主だって、まぁ考えてるわけね。

 

B:そうみたいだね。

 

A:でもね、これは他のトランスの人が言ってたんだけど、女子トイレで私たちが目撃しているのは、「男性」だと思うんだよ。「男性身体」じゃなくて。

 

B:はいはいはい、その違いは。

 

A:うーーん。上手く説明できるか分からないんだけど…

 

B:あっ!“あきらさんが目撃してたのはブラジャーだと思うんだよ、布じゃなくて”ってことか。

 

A:おぉ。うん、たぶんあってるのかな?でもいいから、一回ブラジャーから離れて!

 

B:…。

 

A:例えば女子トイレにいたとしてさ、個室から出てきてそこに男性がいたら怖くない?びっくりしない?清掃員さんとかは除く。

 

B:あぁ、そりゃびっくりするわ。てか男子トイレに女性がいたことがあったんだけど、すごくびっくりしたわ。

 

A:うんうん。びっくりするじゃん?でさ、たぶんさっきの、トランスが嫌いな人たちの「男性身体が…」とか、言ってる人たちが想定してるのって、そういう状況なの。

 

B:(怖いのは、女子トイレにいる)男性なんだ。

 

A:そう。男性なの。だから、女子トイレに男性がいたら怖いっていうのは、そりゃそうだと思うのよ。わたしも怖いよ。

 

B:私も怖い。

 

A:だからさ、ようするにそれだけの話なの。女子トイレに男性がいたら怖いですよね、終わり。みんな否定しません。終わり。でもそれは、トランス女性とは別に関係ないの。

 

B:関係ないね。

 

 

【トランス女性は「男性身体」という雑イメージ】

 

A:そうそう。なんか、トランス女性はみんな「男性身体です」っていう、何を言っているか曖昧な主張があって、その話と、「女子トイレに男性がいたら怖い」っていう恐怖がくっついてて、「女子トイレに男性身体がいたら怖い(、だからトランス女性がいたら怖い)」みたいな結論にされてるんだけど、なんか論理がめちゃくちゃなんだよね。

女子トイレにいたら怖いのは「男性」なんだよ。そして、現実にはもう「男性」でなくなっているトランス女性はたくさんいる。だから、そういうトランス女性と女子トイレで遭遇したところで…。

 

B:「女性の身体だなぁ」って思うだけってことね。

 

A:そういうこと。女性がいるなぁ、で終わり。もちろん、私たちは身体をもってるからさ、女性がいたら、「その女性の身体」があるし、男性がいたら「その男性の身体」があるし。仮に男子トイレでいきなり女性と遭遇したら、「(身体のある)女性がいた」ってなるのは事実なんだけど。でもそれってようするに、身体そのものに性別があるってことじゃないんだよ。わたしの言いたいこと伝わってるかな?

 

B:あぁ、布そのものに「性的なブラジャー」っていう意味があるわけじゃないのと同じだ。

 

A:ブラジャーで喩えないでよ…。いや、たぶんそうなんだけどね。

 

B:え?

 

A:いいよ、ブラジャーで説明するよ。

 

B:ははは。あかりさんが折れた。

 

A:ブラジャーは、あなたが言う通り布なの。でも私たちは、アウトレットの洋服屋さんで「布」を見てるわけじゃないの。「ブラジャー」を見てるの。

 

B:あぁ、めちゃくちゃ分かったわ。製造工場で布を見たら「布だな」って思うんだけど、アウトレットの洋服さんで同じ物を見たら「ブラジャー」なのね。

女子トイレもそうで、利用者がいたらその人のことを「女性の身体」ってジャッジしてるはずなのよ。その輪を乱すような、明らかな「男性」がいたら、女子トイレに男性がいる!ってなってるかもしれないけど、別にその人の身体のことから逆算して「男性だ」って判断してるわけでもないし。

 

A:うんうん、かなりいいと思う。そうそう。そうだね、例えば、なんかのボディビルの選手が使うような胸のバンドがあったとする。

 

B:ほうほう。

 

A:それで、仮の話だけど、そのバンドは男子選手が主に使うやつで、綿でできてるとする。その胸バンドは、基本的にはアウトレットのスポーツショップに置いてあるのね。

 

B:はいはい。

 

A:それとは別に、ふつうにブラジャーがあるとして、これはナイロン製の布でできてるとするね。これは、じゃあアウトレットの下着屋さんで売ってるとする。

 

B:メンズとウィメンズで分かれてそう。

 

A:そうそう。それでね、もし綿でできてる(男子選手向けの)胸バンドが、女性用下着のコーナーに混じってたら、たぶんおかしい。みんなびっくりする。でも、その胸バンドの形状が、他のブラジャーと同じで、ようするにブラジャーとしてきちんと使えるものだったら、誰もその下着コーナーにあってもびっくりしない。

 

B:トイレの説明を下着コーナーに喩えさせられて可哀そう(笑)。ようするに素材がなんであるかは問題でなくて、その場に馴染んでるかどうかが問題ってことだ。

 

A:そうだよ。わざわざこんなたとえ出さなくてよかったかも。まぁ、とりあえず最後までしゃべると、結局胸バンドとして工場で生産されたはずの綿でも、ブラジャーみたいな形状になって、ブラジャーとして売られたら、それはもうブラジャーなの。それでね、おそらくそこに来たお客さんは、売り場のブラジャーが「ナイロンででてきてるのか、綿でできてるのか」っていうのは、そこまで気にしてないのよ。

 

B:私は賢いから分かった。トイレの話に戻そうか。

 

A:うん。

 

 

【身体の性別より先に性別は判定されている】

 

B:トランスヘイトの文脈では、「トランス女性は男性身体だ、女子トイレにいるべきじゃない」って言われている。でも実際は、そんな風には運用されていない。トランス女性が女性として女性トイレにいることは何にも問題がない。それだけ。それを見て「Y染色体だ」とか「骨格が男性の平均値だ」とか言われることはなく、「女性がいます」で終わり。そこにあるのは「女性の身体」です、で終わり。

 

A:うん、そんな感じ。私たちは、まず最初に「胸バンド」なのか「ブラジャー」なのかを見ているし、「胸バンドがブラジャーの棚にあったらおかしいな」とかは分かる。それと同じように、女子トイレで…

 

B;あなたがアウトレットの話をするからいけないと思います!

 

A:いや、もうあなたが始めたんだよ!この比喩は!え~と。それで、同じように、女子トイレで「男性」を見て怖い時に、私たちが見てるのは「男性」なの。その人が生まれたときにどっちの性別を割り振られたとか、下着の中身とか、見てなくて、「男性」がいるから怖いのだし、その人が「男性」に見えるから、そこに「男性身体」があるって、判断してる。つまり、「身体の性別」よりも先に「性別」は判断されてる。

 

B:「生きている性別」とか「生活上の性別」が何かってこと。

 

A:そうそう、そういうこと。その、「生活上の性別」が「男性」なら、その人は「男性身体の持ち主」に見えるのだし、「生活上の性別」が「女性」なら、その人は「女性身体の持ち主」に見えるのだし。

 

B:うん、実体験からも分かる。

 

A:でしょ?だから、そういう「生活上の性別」より以前に、なんか「身体の性別」っていうのを独立に考えられるっていう発想が、そもそも意味わかんないと思うんだよね。

 

B:みんながみんな解剖学者じゃないんですから。

 

A:そうだねぇ。ほんとにそう。この「生活上の性別」っていう概念を、たぶんシスの人たちは持ってないせいで、トランス女性は「男性身体」です、っていうところから一歩も動けなくなる人がいるんだと思う。身体の性別っていう、雑な概念から前に進めない。

 

B:そうね、「書類上の性別」とかもあるし。

 

A:そうだね、性別ってめっちゃややこしいもんね。いろんな次元がある。だからさ、何が言いたかったかというとね、「生活上の性別」を移行したら、「身体の性別」も移行してしまうんだよ。実際、いまわたしは駅でも職場でもアウトレットでも、女性トイレを使って生活してるけど、誰かがトイレでわたしを見ても、誰もびっくりしない。「女性がいるな」で終わりなの。要するにわたしはトイレの中にある「女性身体」の1つにカウントされて終わりなの。「身体の性」についてのこういうリアルが、シスの人には全然分かってない。

 

B:うん、分かるよ。女子トイレに「女性がいるな」とすら思われないよね。「人がいる」で終わりだね。でも「男性」がいたら「男性がいる」あるいは「不審者がいる」となる。

 

A:そうそう。だから、差別っぽい話につなげると、「トランス女性は男性身体だから女子トイレにいたら怖いです」っていうのは、全く「性別」のリアルが分かってないなと思う。

 

 

【性別移行は地味】

 

B:リアルな話をするとさ、性別移行には順序があって、「私はトランスジェンダーなんだな、女なんだな」って気づいたとして、その人が女子トイレを使えるようになるかというと、なかなかそうはいかなかったりする。日常生活の、性別分けされていない空間から、女としてパスするにはどうすればいいかと考えていると思う。トイレ以外の空間でも女扱いされるようになったなと分かれば、ようやく女子トイレを使うようになるかもしれない。

公衆浴場もよく話題に出るけど、あれなんかトランジションの最後の一手みたいなもんじゃん。突然、ふだん使ってない方の風呂に入ろうって、チャレンジングなこと誰もしないよ。それはトランスジェンダーとか関係なく、めちゃくちゃチャレンジングな人じゃん。

 

A:チャレンジだね。実際、私たちがもしトイレとかお風呂とかで誰かに通報とかされたりしてさ、痛い目みるのは私たちじゃん。

 

B:うーん、逆にさ、トランス男性の場合、「きっとまだ自分は男のトイレを使えないな」と思って女子トイレを使い続けていたら、そっちで通報される、っていう。何度か見聞きしたことがありますが。

 

A:そっちの方がありそうだね。「警備員さん!トイレに「男性」がいます!」って通報されてんのかね。きっとその人はそこで「男性」に恐怖したんだろうね。いずれにせよ、性別移行って、生活上の地味~なところで、ちょっとずつ自分の性別を変えていって、ちょっとずつ、自分が見なされる「身体の性別」を変えていく作業なんだよね。

 

 

【血管が浮き出ること】

 

B:身体の性別の話で、かつ地味な変化で言うと、私は腕の血管が浮き出たことがすごくうれしかったな。

 

A:うんうん。

 

B:でも、そんなこと報告する相手もいないじゃんか。シスジェンダーのとっくに大人になってる人には関係ないことだし、トランスジェンダー同士でも、みんな変化の速度はばらばらだし。だから、たった一人で思春期を迎えないといけない。それは、かつての全く望んでなかった思春期とは違って、歓迎すべき思春期なの。念願の。だから血管が出たときはすごくうれしかった。でも、血管が出てるか出てないかって、「男性であるかどうか」の基準としてそこまでは重視されてない。私にとってはめちゃくちゃ嬉しい「男性の証」に思えたわけだけど。

 

A:あきらさん、血管好きだよね。

 

B:よくうっとりしてる。

 

A:わたしは、血管はどっちかというとコンプレックスだからさ。手の血管とか、他のシスの女性より浮いてる気がするし。

 

B:年配の女性は浮いてるから気にならないよ。

 

A:そうそう。この前電車に乗ってて、座ってたんだけど、真ん前に立ってた40歳くらいの女の人の血管がわたしよりも全然浮いててさ。

 

B:あるあるだ。

 

A:そうだね。ずっとコンプレックスだったけど、こんなにコンプレックス感じなくてもいいのかなと思った。

 

B:それはどうして?

 

A:だって、シスの女の人でも、同じような血管の人がいるんだもん。

 

B:それ、コンプレックスだったっていうのは、シス女性的でないから?あるいは男性的だからコンプレックスだったってこと?

 

A:うーん、どっちもかな?

 

B:いや、血管が出てること自体の価値判断はどうだったのかなって。

 

A:血管が出てること自体は、別になんともないよ…。

 

B:なんだ。

 

A:手の甲って、生活のうえで隠せないのよ。オフィスでもキーボード叩かないといけないし。どうしても外に出ちゃう。その、他の人に見えてる身体の部位で、トランスっぽさがばれないか不安だから、血管ひっこんでほしいなって思ってただけだよ。

 

B:トランスっぽさっていうか、加齢の象徴みたいな印象。

 

A:でも、そういうことだと思った。わたしが「女性」として見えたいって思ったりとか、コンプレックス感じたりとかするときに、誰と比べて自分の身体を気にしてるかっていうと、めっちゃ「若い女性」なんだなって、気づいたの。

 

B:あ~。悪いやつね。世間の悪い風潮ですよ。

 

A:うん。そう。「女性の身体」ってなって、わたしも結局は、「若い女性」の身体に近づきたいって思って、実際にはそこまで年が離れてない40代くらいの女性の身体すら、見てなかった。だから、加齢で血管が浮き出てくるって当たり前のことすら気づいてなかった。

 

B:なんかむなしいね。

 

A:うん。空しい。トランスであるわたしですら、すごい「女性の身体」について貧しいイメージしか持ってなかったんだなって。

 

B:女性とされてきた人たちも、時代や地域によってバラバラじゃん。

 

A:そうだね。「身体の性」対談の前半で、そういう話したよね。わたしの「女性身体」は、めっちゃ…

 

B:金で作られてる。

 

A:言わないでよ。いま言おうとしてたんだから。

 

 

【太ること、鍛えること】

 

B:私、最近気づいた話していい?

 

A:いいよ。

 

B:太ることについて。昔は、太ってしまったら丸みがついて、女性的な身体に戻されてしまうっていう危機感を持ってたわけ。でも今では、太っても小太りのオヤジになるだけだから、安心して太れるなって思った。

 

A:わかる…!往復書簡でも書いたけど、わたしも昔は、ジムで身体とか鍛えたら、筋肉質な「男性的な身体」になってしまう、とか怯えてたんだけど、完全に間違ってた。わたしがマッチョになっても、マッチョな女性になるだけだった。男性と女性の筋肉の平均を比べたら、確かに男性の方が筋肉量が多い傾向なのかもしれないけど、でも「筋肉質であること」っていうのは、別にそれ自体が男性的な特徴ではないんだよね。

 

B:はいはい。なんかね、私の場合は、筋肉質かつ男性である状態が、自分の望ましいフォルムだと思ってる。でも「筋肉質な女性」か「貧相な男性」だったら、「貧相な男性」の方がマシなのかもしれないね。

 

A:ふんふん。

 

B:フォルムとしては「筋肉質な女性」の方が近いのかもしれないけど。なんとなくそっち(貧相な男性)を選びそう。

 

A:はいはい。実際のフォルムとしては、「筋肉質な男性」に近いのは「筋肉質な女性」だけど、でも、あきらさんはそれよりも「貧相な男性」を選ぶってことね。ふーん。

 

 

【原点はなんだ?】

 

B:わかんない、私はさ、性別における距離の使い方とかコミュニケーションとか意識してなかった。ただただ身体を変えたかっただけ。

でも、身体を変えた結果、社会的な性別まで変えざるを得なかったわけ。社会的な性別まで変えられてしまった結果、そこまで悪くなかったなと。現在社会的な男性として存在させられてしまってることにもそこまで忌避感はない。だから男性でいいか、と。社会的な性別移行はおまけなの。「トランス男性ということなら、男性扱いされたいんですよね」みたいな配慮、もともと気持ち悪いと思ってたし、カミングアウトしないといけないときでも、「男性扱いとかしないでいいんで」とか言ってしまいがちだった。でも身体的に男性みたいに存在してしまった以上、男性扱いされてしまうことも免れないから、じゃあ丸ごと、男性に移さないといけないよねと。

 

A:ふーん。わたしとは全然違うなぁ。でも、面白いよ。性別移行を始めたときのあきらさんは、「社会的男性」になりたかったわけでも、「男性の身体」になりたかったわけでもないって、ことだよね。

 

B:そう言われればそうなるね。なんか、乳房をとって、腹筋わって、肩幅広くなって、髭生えたらいいなーとか、ペニスがあったらとか、男性的なフェロモン欲しいなーとか、声は低い方がいいとか、後から後からあった。でもそれが「男性的」であるかどうかは問題ではなかった。

 

A:でも、そういう身体になっていって、「男性」になってみたら、意外とそうやって「男性」として社会的に生きていったり、「男性の身体」として存在させられるのも、意外と悪くなかったって、感じ?

 

B:たぶんそう。てか「男性の身体」扱いされるのは割と嬉しいことだから。

 

 

 

A:なるほどねー。そこは、わたしも似てるかも。性別移行の始まりは、全然あきらさんと違ってて、身体のことをどうにかするよりも、社会的な存在とかコミュニケーションの方から、割と死にそうになって性別を変えたけど、女性みたいに存在し始めたあとに、女性ホルモンして、オペもして、「女性的な身体」になっていくことに、喜びが爆発しそうだった。

 

B:ふふふ。喜びが…。

 

A:そう。なんか、胸のある身体が嬉しいってのは、そうなの。でも、別に、前も言ったけど、男性として社会生活を送りながら、胸が膨らむっていうのは、全然嬉しくなかったと思う。社会的にかなりのていど「女性」になってたからこそ、自分の身体の変化をここまで喜べたっていうのは、感じる。お尻も好き。

 

B:はいはい。私はさ、意味づけというか解釈よりは、その物自体に注目してたんだろうなって。なんかさ、反フェミ的な男性差別論者とか、男性の復権とか言ってる人もいるんだけど、その話を聞いた時、そうしたアホな解釈そのものというより、具体的な解決すべきことがあるなら考慮すべきだと思っちゃったわけ。例えば「男性の自殺率が高いんですよ」とか「父親として存在したい欲求」とか、「戦争中にたくさん死んでる」とか、そういう話を男性差別の具体例として上げてる人がいるとき、それはそれで関心をもつべきだなと思った。もともとの動機としては、フェミニズムへの反発からぐちゃぐちゃ言ってる人も当然いるようだけど、それはダメって思う以上に、「じゃあその"男性"っていったい何だっけ?」「何をさせられてるんだっけ?」というところに関心が行ってる。

 

A:うん。応援してる。

 

B:それは「男性」としてカテゴライズさせられる以前の「肉体そのもの」に関心をもってることに通ずると思うんだよね。

 

A:そうなの?

 

B:まぁ、この話はもういいや。

 

A:また聞かせてね。そろそろ終わりにする?

 

B:いいよ。ただ、シスジェンダーに対してもだし、男性学にも対しても、やるべきことがあまりにも多いし、語られることがあまりに貧しくて雑だから、大変だなぁって思ってる。

 

A:そうだね。げっそりだよね。

 

B:うん。

 

A:ちょっとずつ言葉を増やしていくしかないのかしら。お疲れさまー。